14話 ひととき

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 ダイナが神都に来た理由を知る者は、数ある知り合いの中でルピだけだ。それも詳細な理由を語ることはせず、「恋人に捨てられて、気晴らしに神都へやってきた」としか伝えていない。だからダイナが大失恋の経緯を包み隠さずに語るのは今が初めてのことだ。    嫌がられただろうか、と不安になった。せっかくの美味しい食事に失恋話はふさわしくない。「食事が不味くなるからその話は終いにしてくれ」と言われても仕方はなかった。  しかし予想に反しアメシスは何も言わない。返す言葉を決めあぐねているようにも見える。ダイナは努めて明るい声で話を続けた。 「でもどうぞお気になさらないでください。私の中で気持ちの整理はついているんです。彼が別の女性を選んだことも、理由も聞けば仕方がないと納得しました。私にはどうしようもできないことですから」 「その理由とは?」  ダイナはワンピースに包まれた自身の胸元を指さした。   「彼、胸の大きな女性が好きなんですって。私はこの通り凹凸の少ない体型です。こればかりは努力でどうにもなりません」  男性相手の会話としては不適切だと感じながらも、ここまで言えば言いあぐねることは何もなく、ダイナは頭に浮かんだ質問を口にする。 「アメシス様はいかがですか? やはり胸元の豊かな女性の方が好ましいですか?」 「心底どうでもいいな。ダイナ殿、あなたは男性器の大きさで結婚相手を決めるのか?」  間髪を入れずに問い返されて、ダイナは目から鱗が落ちた心地だ。 「……心底どうでもいいですね」 「そうだろう。それを重視するという意見も否定はしないが、私は特定部位の脂肪量の多寡で人の価値を決めたりはしない」  そう言い切ると、アメシスは何でもないというように食事を再開した。  ダイナはまじまじとアメシスの顔を見つめてしまった。『特定部位の脂肪量の多寡』不自然に堅苦しい言葉の羅列を思い出せばおかしさが込み上げてくる。 「ふ、ふふ……」  つらい過去がどこか遠いところへ飛んで行ってしまったみたいだ。
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