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夕陽を眺めるダイナの元にアメシスが戻ってきた。右手には真っ白な小箱が握られている。
「ダイナ殿。待たせたな」
「いいえ。欲しい物は買えましたか?」
「ああ、買えた」
アメシスは手の中の小箱を、ダイナに向かって真っすぐに差し出した。
「これをあなたに」
「……私に?」
「あなたにだ。今日一日付き合ってもらった礼だ。いや、礼と言うのもおかしいか? ……とにかく、私があなたに贈りたいと思った物だ。差し支えなければ受け取ってくれ」
アメシスは早口で言い切ると、小箱をダイナの胸元に押し付けた。
押し付けられた小箱をおそるおそる開封してみれば、中には耳飾りが入っていた。銀細工の金具に紫色の宝石をぶら下げた耳飾り。綺麗、とダイナはつぶやく。
「これを私に? 本当によろしいのですか」
「よろしいんだ。あなたのために買ったのだから、あなたが受け取らなければその耳飾りは行き場所がなくなってしまう。本当はもっと良い物を買いたかったのだが、あの店にある紫水晶の宝飾具はそれだけで失敬。こんな話はどうでもいい。その耳飾り、私が付けさせていただいてもよろしいか。あなたの耳に」
アメシスの口調は相変わらず早口だ。表情は今日一番の仏頂面。だがその仏頂面は不機嫌からくるものではなく、緊張とか、照れ隠しとか、恐らくはそういう類のもの。ダイナは気恥ずかしさを覚えながらうなずいた。
アメシスの指先が、耳飾りの片方をつまみ上げ、ダイナの耳朶に触れる。一つが終わればもう片方も。
くすぐったい。
「つけた……が、痛みはないか? 耳飾りなどつけたことがないから、正しい位置がわからない」
「痛みはありません。あの、ありがとうございます。こんな高価な物をいただいて。食事代も出していただきましたし」
「私から誘ったのだから気にしなくていい。さて……日も暮れることだしそろそろ帰るか……」
ふと空を見上げれば、橙色の空は紺碧に飲み込まれつつある。もうじき夜が訪れる。
「……そうですね、帰らないと」
名残しげにつぶやいて、2人は肩を並べて歩き出した。
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