579人が本棚に入れています
本棚に追加
/60ページ
17話 失せ物探しの神具
ぎぎ、と錆びた音を立てて扉が開いた。扉を開けた張本人であるアメシスは、きょろきょろと『カフェひとやすみ』の店内を見回すが、そこに目的の人物の姿はない。
「あら、アメシス様。お久しぶりですねぇ」
穏やかな声の主はヤヤだ。エプロンの端には玉ねぎの切れ端がぶら下がり、袖口にはてんてんとした水跡。『カフェひとやすみ』は正午時の混雑を乗り越えたばかりなのだ。
「ああ、ヤヤ殿。久しいな。失礼だがダイナ殿はいらっしゃるか?」
「ダイナちゃんなら工房にこもっていますよ。もう一週間になるかしら」
「一週間? 一週間、工房にこもりっぱなしという意味か?」
「そうなんですよ。詳しい事情は知らないけれど、作りたい神具があるんですって。お仕事をお休みしてごめんなさいと謝罪を受けたきり、私もまともに顔を合わせていないんですよ。差し入れのおにぎりは食べてくれているみたいだけど、下宿所には帰っていないんじゃないかしら」
「……会うことは、難しいだろうか」
アメシスの質問に、ヤヤは困ったような表情を浮かべた。
「声をかければ工房に入ることはできますけれど……。でも急ぎの用でなければ待ってあげてください。本当に夜も寝ないで一心不乱で神具を作っているんです。今までこんなことはなかったから、よほど大切な神具なんだと思うんですよ」
「そうか……」
アメシスは上着のポケットに右手を入れ、そこにある物体を指先で撫でた。アメシスはその物体をダイナに渡すために『カフェひとやすみ』を訪れた。しかし昼夜も忘れて神具作りに没頭しているというのなら、邪魔をするのは気が引ける。
「アメシス様、いかがします? 一言で済む用事なら、隙を見て私の方から伝えておきますよ」
「……いや。神具作りが一区切りしたときに私の口から伝えよう。幸い仕事は立て込んでいない。数日に一度、立ち寄らせてもらうことにする」
「ええ、分かりました。お待ちしています」
アメシスは上着のポケットに右手を入れたまま、『カフェひとやすみ』を後にした。
***
最初のコメントを投稿しよう!