19話 溢れる

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 ダイナはふむ、と考え込んだ。神都に来てからもうじき3か月が経つが、ダイナが神官舎に足を運んだ経験はない。たくさんの神具を購入してもらっているのだから、一度は挨拶に赴かなければと思いながらも、何となく機を逃してしまっていたのだ。これを機会に、顧客である神官舎の人々と顔を合わせるのも悪くない。 「そうですね……神官舎の方々にはお世話になっておりますし。仕事のお邪魔にならないのでしたら、ぜひご挨拶に伺いたいです。いつ頃がよろしいでしょう?」 「明日の朝一番だ」  ダイナは驚き目を丸くした。   「明日⁉ それはさすがに急すぎでは……」 「こういうことは早い方がいい。午前8時に迎えの馬車を手配するから、カフェ前で乗車してくれ。御者には事情を話しておく、ダイナ殿はただ馬車に揺られていればいい」 「はぁ……」 「服装は……前回のデートで着ていた薄桃色のワンピース、あれを着て来ていただけるか?」 「それは……構いませんけれど」  アメシスの左手が、ダイナの右手からするりと離れた。 「申し訳ないが私はこれで失礼する。今日のうちに、職場の者にあなたの来訪を伝えておこう。ダイナ殿、繰り返すが明朝8時だ。神具作りでお疲れのところを申し訳ないが寝坊などなさらぬように」  早口でそう伝えると、アメシスはダイナの元を立ち去った。  いつもの生真面目な表情からは想像もできない、悪戯な笑みを残して。
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