『捨てられダイヤは輝かない』貧相を理由に婚約破棄されたので、綺麗な靴もドレスも捨てて神都で自由に暮らします

2話 さよなら恋心

＊＊＊

　その夜。
　ダイナは1人、工房裏の山林にいた。時刻は午前0時をとうに回っている。魔獣の活動が活発になる深夜、好き好んで山林を出歩くもの好きはいない。だから今、輝く星空を見上げる者は、きっとこの村の中でダイナだけだ。

　ダイナの腕の中には、きらきらと輝く靴とドレスがあった。それは今日クロシュラと会ったときにダイナが身に着けていた物、クロシュラとの逢瀬のために購入したダイナの一張羅(いっちょうら)だ。肩にかけた袋の中にも、クロシュラと会うために買った何着かの衣服と靴が入っている。　
　神具師として昼夜工房にこもるダイナは、綺麗な服にも靴にも興味がない。しかし愛する人と会うのに作業着を着ていくわけにはいくまいと、生活費を切り詰めて購入したのだ。話し方も、歩く姿も、立ち姿も、努力を重ねて美しくした。

　全てはクロシュラの傍らに立つため。
　愛しい人の傍にいるための血の滲むような努力だ。

　少し拓けた場所に出ると、ダイナはドレスと靴を地面へと放った。次に肩にかけた袋を下ろし、中に入っている衣装を次から次へと地面へ放る。やがて数着のドレスと数足の靴は小さな山をつくった。見るだけならば美しい、豪華な衣装の山だ。

「さよなら、クロシュラ様」

　ダイナはそう呟くと、指先に火を灯した。それも神力のなし得る技の一つだ。
　指先の火は、地面に置かれた衣装山へと燃え移った。新緑色のドレスのすそが燃えて、薄桃色の靴のかかとが焼ける。小さな火は段々と大きくなり、やがて烈火は衣装山を包み込む。
　めらめらと燃える火柱を眺めていたダイナは、そのうちに地面へとへたり込んだ。

　灼熱が頬にあたる。
　髪先が焦げる。
　すり切れた夜着の身頃を火花が焦がす。

「う、う……」

　ダイナの銀色の瞳から、こらえていた涙が零れ落ちた。一粒、また一粒。澄んだ涙はとめどなく流れ、乾いた地面へと吸い込まれてゆく。

　クロシュラ様、私はあなたを愛していました。
　この気持ちに偽りなどなく、本当に心から愛していた。故郷を離れることも、父を1人にすることも、考えれば胸が張り裂けるほど辛かった。でも愛する人のお傍にいられるならと、私はあなたの求婚を受け入れたのです。

　私にとってあなたは天の上の人。ガラクタしか作れない神具師の私と、明るい未来が保証された神都隊のあなた。本来ならば婚約破棄を突きつけられたとしても、私に文句を言う権利などないのです。それほどまでに、私達の間には身分の差があった。
　それでも私はあなたを愛していました。

　『私の父には何と説明するおつもりなのです』
　『お金を払えば済むという話ではありません』
　たくさんの言い訳を並べたけれど、奥底にある思いは一つ。

　私はあなたを愛していた。愛する人の傍にいたかった。ただそれだけ。