3話 綺麗な服も靴も捨てて

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3話 綺麗な服も靴も捨てて

 からころ、からころ。  2頭の馬に引かれ、満席の馬車が音を立てて走る。馬車の行く先は、神国ジュリの中心地である神都だ。  辺境の土地から国家の中心部を目指す馬車であるだけに、乗客の顔は明るい。神都に着いたら何を食べようか。滞在期間中に目ぼしい観光地を回れるかしら。そんな楽しげな声が、客車のあちこちから聞こえてくる。  その客車の一席にダイナがいた。膝の上に小さな旅行かばんをのせて、頭の上には麦藁帽子。 「お姉さん、神都へ行くのは初めて?」  窓の外を眺めるダイナに、中年の女性が声をかけた。女性の隣には10歳前後の少年が座っているから、親子そろって旅行にでも行くのだろう。  ダイナは努めて明るい声で答えた。 「はい、初めてです」 「そう、それは楽しみね。神都にはお友達がいらっしゃるのかしら?」 「いえ……知り合いは誰もいないんですけれど。気ままな1人旅というか」 「ふぅん……そうなの。確かにそれも楽しいかもしれないわね」  女性がそこで言葉を区切ったので、ダイナはのんびりと過ぎゆく窓の外の景色を見やった。  ダイナの村から国家の中心部である神都までは、馬車で半日の道程だ。今はまだ行程の半ばであるから、窓の外に神都の街並みは見えない。    ダイナが故郷を離れ神都を目指す理由は、父ユークレースに迷惑をかけないためだ。ユークレースはダイナの旅立ちに合わせ、工房の拡大契約を締結し、さらには新たに雇い入れる神具師にも目途を付けていた。ダイナが生家を離れなければ、全ての話が振り出しに戻ってしまう。小さい村だから婚約破棄の話を根ほり葉ほり聞きたがる人もいるだろう。それはダイナにとってもユークレースにとっても望ましくなかった。    だからダイナは故郷を離れる決意をした。「この度の婚約破棄について、私は金輪際一言の文句も言いません。その代わり工房拡大に係る費用と、私の神都行きの切符代を負担してください」たぎる怒りと悲しみを押さえ、クロシュラにそう伝えたのだ。  クロシュラはダイナの要望を受け入れた。そしてクロシュラに婚約破棄を告げられてから7日後の今日、ダイナは一人神都行きの馬車に飛び乗ったのだ。  ダイナは自身の膝元へと視線を落とした。色味のない質素なワンピースと、歩きやすさ重視の平靴。綺麗で可愛らしいドレスと靴は昨晩すべて焼いてしまった。報われると信じて疑わなかった浅はかな恋心とともに。    俯くダイナを乗せて馬車は進む。  ***
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