カモメの翼

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 かくして私はカモメの翼の照明を購入した。 「いろいろありがとうございました」 「こちらこそ、ご購入ありがとうございます。これ、私の名刺です」  店員が差し出した名刺を受け取った。横書きのシンプルなデザインで、会社のホームページや通常記載されている情報に加え、「二級建築士」「第二種電気工事士」「インテリアコーディネーター」と肩書きが並んでいる。隅っこには打ちっぱなしコンクリートのような建物のイラストがプリントされていた。 「メールアドレスとか電話番号って、個人情報ですよね」  名刺を両手でしっかり持ったまま、思わず口からこぼれた言葉。下を向いたままの私に、相手は「え?」と聞き返してきたが、何も答えられなかった。  沈黙に、やけに店内の音楽が響いた。私は居た堪れず、気を逸らそうとした。 「……幸田陸(こうだりく)さん」 「です」  すぐに訂正された。私は目だけ上げて相手を見た。 「陸屋根(ろくやね)って、聞いたことありますか?」 「いえ……」 「平たい屋根のことです。屋上が使えるコンクリの建物みたいな」 「それがお名前って、珍しいですね」 「うちの父が大工で。陸屋根を仕上げてる時に、病院から『産まれる』って連絡あったそうです」 「なるほど」  頷くと、幸田さんは目を逸らした。眼鏡が光って表情は分からなかった。 「私事でした。ところで、取り付けは問題ないですか?」 「あ、多分……」 「大体の所は大丈夫と思いますが、難しい場合はお知らせください」
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