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幸田さんがいなくなっても、私はその場から動けなかった。
ポケットのケースから、自分の名刺を取り出す。2番目には幸田さんの名刺。隅のイラストの「陸屋根」を指で撫でた。
「頑張らなくちゃ」
今日は快晴。空は高くなってきたものの、夏の熱を残している。私は大きく深呼吸して、店の方に向き直った。
ーーもうお会いすることはないかもですが。
私は苦笑いした。尻軽女だと思われたくなくて、ついそんなことを言ってしまった。幸田さんが気づかなくて良かった。
遠くの方から、バイクのエンジン音が近づいてくる。振り返ると、カブが走ってきていた。
途端にカモメがフワリと空を飛ぶ。
幸田さんは私に沿うようにバイクを停めた。頬が赤いのは、外の暑さのせいだろう。
「僕の新しい名刺ができたら、送ってもいいですか?」
〈おわり〉
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