カモメの翼

5/15
8人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ
「そうでしたか」  やけに神妙な顔で頷く店員に、私も同じように首を縦に振った。  引越しの時に全て変えようと思ったのに。あの照明にしがみついてるなんておかしな話だ。 「何畳用をお探しですか?」  その質問から始まり、デザインや明るさの希望など、具体的な話に入っていった。新しいものについて特に決めていなかったけど、店員の質問に導かれていく。 「こういうのはいかがですか?」  見せてくれたのは売り場にあった、ドーナツ状シーリングライトの真ん中にファンが付いているものだった。 「部屋の空気の循環を良くします。ご自宅では寝るだけということでしたので、良い睡眠が取れるかと」 「扇風機でもいい気がしますけど」  やはり希望より「0」がひとつ多いと、納得できる決め手が必要だ。店員は「そうですね」と否定しなかった。 「普通の扇風機とは違って羽が逆回転するので、季節にあった空気循環ができます。冷気と暖気はかき混ぜる向きで快適さが違うんですよ」  店員は棚の在庫を開けて照明を近くで見せてくれた。プロペラの面に幾つもの筋があった。 「このファンは、カモメの翼なんです」 「えっ?」 「船舶のプロペラを作っている会社が開発してるんですが、カモメの翼の構造を真似したものなんです」  店員は「生物の作りを真似した製品をバイオミミクリーって言います」と蘊蓄(うんちく)を語った。  引っ越して新しい生活。船出とも言えるのだから、カモメに付き合ってもらうのも悪くない。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!