7人が本棚に入れています
本棚に追加
「調光は問題ないですね。ファンは......」
幸田さんがリモコン操作すると、カモメの翼が回り始めた。
「なんか良い気がします」
「販売員としてその感想で良いんですか?」
動作確認というより、目を閉じて両手を広げ、ファンの良さを体感している幸田さんに、私はちょっと笑ってしまった。
「おいくらですか」
「あ、いいですよ。経費で落としますから」
「えっ、大丈夫なんですか?」
「はい。辞めましたから。今日から自営業なんで」
思わず口を開けたまま固まってしまった。幸田さんは何でもないように「もともと今日までなんです」と付け加えた。
「......じゃあ、もう店員さんとお客さんじゃないんですね」
「そういうことになりますね」
「何で、来てくれたんですか」
呆然とする私に、幸田さんはキョトンとした。それからフッと噴き出した。
「......照明、一本アームが折れたままって聞いてたから。場合によっては、根元が壊れてないかと」
「......もしかして、名刺をくれた時、来てくれるつもりだったんですか?」
幸田さんは照れくさそうに鼻の下を擦った。
「最後のお客様だったので。何とかしてあげたい気持ちではありました。僕もうすぐ引っ越すんです」
最初のコメントを投稿しよう!