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エピローグ
私にとって、恋愛は遠い場所にあるものだった。
前世の記憶があるといっても、同一人物ではない。私はあくまでもリーズシェランだ。
王族として生まれた以上、結婚は義務でしかないと考えていたし、今だってそう思っている。
それなのに、何故結婚にこだわるのか。
その理由のひとつは、アランの私への依存を少しでも軽くしたいから、だ。監禁ルートはマジで勘弁ですよ!
今は落ち着いてるけど、またいつ不安定になるかわからないしね。
そしてもうひとつは……
「リーズ、はい、あーん」
にこにこと微笑みながらユーリ様が果物を一切れさしたフォークを差し出している。
アランが無言で手元のフォークを投げた。だけどユーリ様に当たる寸前、フォークはリーリャの手によって受け止められる。
新しいフォークがアランに届けられるのを余所に、ユーリ様は何事も無かったかのように私を見てにこにこしていて……はあ。
すっかり見慣れてしまった光景から目をそらしつつ、私はユーリ様に尋ねた。
「ユーリ様……いつまでこの城にいるんです? 一月はとっくに過ぎていますよ?」
「そうですね。一月しか許した覚えはありませんが?」
私の言葉にアランも忌々しげに同意する。ユーリ様は取り敢えず私と婚約したのだし、予定通りに帰国しないといけないのだけど、なんだかんだと理由をつけては引き延ばしているのだ。
「あはは、いいじゃないですか。せっかくなんだしもう少しくらい」
「なにがせっかくなのかしら……」
「全くですね」
私とアランが醒めた目を向けてもユーリ様は気にした素振りも無く、アッシュベル産のパナム茶を飲んでいる。先ほど私に食べさせようとしていた果物は自分で食べたらしい。相変わらず、自由な人だ。
リーリャを連れてきた理由も聞いた。確かにどういう考えなのか悩んだし気になっていたから、ユーリ様の思惑通り、だったのかも知れない。
……そもそも、最初からユーリ様の計画に上手く乗せられていた気もするけど。
ひとつ溜め息をついて私はアランを見た。
「ねえ、アラン。アランは、その、……いいの?」
「なにがですか」
「えーと、いろいろ?」
声を潜めてこっそり尋ねると、アランは形の良い眉をひそめ、少し考えた後で口を開いた。
「……正直、この男を選んだのは理解出来ないし、ムカつきますけど。まあ、いいですよ。許します」
そこで一旦言葉を切り、アランはちらりとユーリ様を見て口の端を引き上げる。そしてユーリ様に釘を刺すように言った。
「姉様は、まず僕を選んでくれた。その点は忘れないで下さいよ」
「……知ってますよ。ここぞとばかりに勝ち誇らなくてもね」
「ええ、当然ですよ」
珍しい。ユーリ様が苦虫を噛み潰したような顔をしている。
一本とれたアランは機嫌良く執務に戻り、残された私は機嫌が斜めになってしまったユーリ様に苦笑する。
ふと、ユーリ様の視線が私の髪に向けられる。私の髪はアランのように綺麗な金髪じゃなくて、茶色の方が濃い金茶色だ。地味な私同様に地味な髪で、あまり好きじゃない。
髪を見つめられ落ち着かない気持ちでいる私に、ユーリ様が言った。
「リーズ。髪飾り、どうしてまだつけてくれないのかな?」
うっ。嫌な話題が出た。私は目を泳がせながらどうしようかと悩んだ。
「それは……」
「それは?」
「た、たまたまで」
「なら、明日は髪に飾ってくれる?」
「うっ」
口籠もる私にユーリ様の表情が曇る。
「リーズ、もし何か気に入らない事があるなら……」
「は、恥ずかしいんです!」
「え?」
「単純に! 恥ずかしいからなかなか付けれなかっただけです!」
ああ、もう! 言いたくなかったのに!
やけくそになって暴露すると、ユーリ様はあっけにとられた顔になって、それから破顔した。
「あはは、リーズ! 本当に君ったら、ははは」
「わ、悪かったですね、子供っぽくて!」
「そうじゃない。そういうのは、かわいい、っていうんだよ」
ユーリ様は椅子から立ち上がり、両手を広げた。
「リーズ」
優しい声が甘く呼ぶ。
私がおずおずと立ち上がり、ユーリ様の前に立つと、包み込むように優しく抱き締められた。
「愛してる。きっと幸せにすると誓うよ」
「……はい」
顔が熱い。きっと真っ赤になってるな。
私は前世で早死にしてしまっていて、誰かと付き合ったことすらなかった。だから経験値がほとんど無いのだ。
ただ、だから結婚に憧れていたわけではない。私にとって結婚は家庭の匂いを感じられるものだった。
前世には戻れない。普通の家庭なんて望めない。
だけど、少しくらいは。
誰かと結婚して子供を産んだら、あの頃の暖かさが少しは感じられるんじゃないかと、そう思っていたのだ。
「……ユーリ様」
「なんだい?」
「私も誓います。ユーリ様を幸せにすることを」
前世の両親を思い出す。よくケンカしてたけど、仲は良かったな。ケンカしても後でこっそり仲直りしていて。気の強い母さんが父さんを尻に敷いてたっけ。
……ユーリ様と、あんな風にお互いに支え合える関係になれたらいい。そう思う。
「リーズ……ありがとう」
ユーリ様の腕の力が少し強くなる。
「リーズは本当にかわいくて優しいな……もう絶対に離さないからね。ずっと一緒にいよう」
「え、えっと」
あれ? なんかちょっとアランが思い浮かぶような……
「愛してるよ、リーズ。何があっても傍にいる。永遠に離さない。……リーズも私を愛してるよね?」
「……えーと」
あれ? えっと、まさか。……ユーリ様も、ヤンデレ?
「どうしたの? 愛しいリーズ」
まさかまさか。いや、うーん。
固まった私をユーリ様は心配そうに見つめている。
…………うん。
「はい。私もです、ユーリ様」
まあいいや、と私はユーリ様ヤンデレ疑惑を投げ捨てて頷いた。ヤンデレだろうが、変人だろうが、ユーリ様はユーリ様だ。
ユーリ様の胸に頬を寄せると再び強く抱き締められる。
この暖かさを失いたくないから、私も努力しよう。
……監禁ルートだけは絶対にごめんだけどね!
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