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深夜、王宮の客室でユーリはワインを傾けていた。
給仕をしている侍女、リーリャは機嫌の良い主人に微笑みを向ける。
「全て計画通りにいきましたね、おめでとうございます」
「全て、ではないよ。まさかエルフィナがあそこまで短絡的な女だとは思っていなかった」
「そうですわね。姫様が池に落とされた時は驚きました」
「ああ、あの時は怖かったよ。リーズが無事で本当に良かった」
「……もしご無事でなかったら?」
ふと疑問に思ったのかリーリャが問いかける。とたんに、空気が冷えた。
リーズシェランの前では決して見せない酷薄な笑みを浮かべユーリは穏やかに答える。
「そうだね。もしそうなっていたら、ガードナー伯爵は今頃黒礼装に身を包み葬儀の支度をしていただろうな。せっかくの協力者を失うのは痛手だけどね」
「……つまらない質問をしてしまいました。申し訳ございません」
「まったくだよ。ようやくリーズが手に入って浮かれてるんだ。水を差さないでほしいな」
主人の不興を感じ取り、身を縮こませるリーリャ。そんな彼女を一瞥した後、興味を無くしたのかユーリはまたもとのように柔和な微笑を浮かべた。
「でも、今回はよくやってくれた。皆もありがとう」
ユーリの言葉に控えていた侍女や侍従が一様に頭を下げる。代表して口を開いたのは、年若い侍女だった。
「過分なお言葉をいただいて嬉しく思います。ですが、それもリーリャ様が周囲の目を集めて下さっていたからですわ」
「確かにね。予想以上にいい目眩ましになってたね」
「はい。おかげでエルフィナ様やガードナー伯爵様、そしてあの(・・)方々とも楽に接触が出来ましたわ」
にこり、と侍女は清楚なのにどこか妖艶な笑みを見せた。
「あの方々、ね。――始末は上手くいったかい?」
「はい、滞りなく。ただ、アラン陛下は薄々気付いておいでのご様子ですが……」
「まあ、そうだろうね。でも彼は口をつぐむよ。リーズには言えるはずがない。……彼も似たような真似をしてるからね」
ユーリはくつくつと喉の奥で笑うと再びワインを煽った。
「ガードナー伯爵にエルフィナをあげる約束も果たせそうだし、証拠も隠滅した。アラン陛下にもたっぷり嫌がらせをしておいたし、そろそろ一度帰国するかな」
「次にこちらに来る時は婚儀ですね」
「ああ、……待ち遠しいよ。暮らすのは王宮じゃなくて離れがいいな。高い高い塔のてっぺんとかどうだい? 彼女に会うのも触れるのも私だけ。なんて素敵なんだろう」
侍女の言葉にユーリは碧の瞳に甘い光を浮かべてうっとりと呟く。しかし、それはどうでしょうか、とリーリャは主人の暴走をとどめる。
「姫様は監禁にひどく怯えていらっしゃるふしがありました。ですから、以前アラン様がお母上様とお過ごしになられていた東の離宮辺りなどは如何でしょう? あちらならほどよく人気がなく、薔薇園にも近いので姫様もお気に召すかと……」
「ああ、そうか、そうだね。ちょっと焦ってしまったかな。なにしろ一年以上も待たされたからね」
ユーリはゆっくりとグラスを揺らし、ここにいない恋人を見つめるかのように眼を細めた。
「今度こそ確実に私のものにしないと……もう二度と失わないように」
彼女が気付かないように、ゆっくりと真綿にくるむように囲いこもう。大切に優しく優しく、いつか私だけを見つめる時まで。
――だから覚悟しておいてね、と声に出さず囁いてユーリはにっこりと微笑みを浮かべた。
こうしてとある皇子様による画策は成功を収め、再び皇子様とお姫様は婚約したのでした。めでたし、めでたし……?
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