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「怪しいですね」 「怪しいというか、変というか。なんでリーリャを連れてきたのかしら」 「何か企んでいるのかも知れません。気をつけて下さい」  ユーリ様と中庭を散策する事になってしまった私は、中庭の東屋で待っている間、彼が何を考えているのかをレナードと話し合っていた。  レナードはリーリャと仲が良かったはずなのに、今はそんな態度をおくびにも出さない。きっと胸に秘めているのね。かわいそうなレナード。 「リーリャはきっと忘れていないわよ」 「え? ああ、はい。そうですね、忘れていないでしょう。色々と」  い、色々と……っ!  そんな、もうそんなに色々とあったの!? と、聞きたい気持ちをぐっと堪えて優しく微笑む。  レナードだって耐えているのだから、私だって頑張らないと。 「……姫、なにか妙な誤解をしていませんか?」 「え? そんな事は……あら、来たみたいね」  人の気配が近づいてくる。  私はレナードとの話を切り上げ、ドレスに乱れが無いかチェックして、背筋を伸ばして待った。  ややして現れたのは、やはりユーリ様とリーリャ、それとお付きの者達だった。 「お待たせしましたか? 申し訳ありません」 「いいえ、それほどではありませんわ。お気になさらないで下さい」  型通りの挨拶を交わした後、ユーリ様は私を見つめてふわりと笑んだ。 「今日もとても綺麗ですね。淡い紅色のドレスもよく似合っています。あなたの菫色の瞳が引き立つ。こちらに咲き乱れる花々よりも、姫の方がよほど花のようですね」 「あ、ありがとうございます」  うわあ。と、引きたいけど我慢我慢。私は前世の記憶があるからかどうしても慣れないけど、貴族や王族間ではこういったものが普通の会話なのだ。むしろ控えめでさえある。  ……慣れなくちゃ。  内心げっそりした私だったけど、その後は過剰な美辞麗句の類は出てこなかった。私がそういったものが苦手だと気付かれたのかしら?  中庭には四季折々の花が植えられていて、どの季節でもなにがしかの花が咲いている。  今はちょうど私の好きな薔薇が咲いている時期だ。  咲き誇る花を眺めながらのんびり歩いたり、東屋でお茶をしながらアッシュベルで流行っている歌劇やお菓子の話を聞いたり。気が付けば警戒を忘れてしまうくらい、楽しい一時を過ごしていた。  一度だけ、私の紅茶に虫が入っていたとかで淹れ直してもらったけど、そのおかげで久し振りにリーリャのお茶も飲めたし。相変わらずリーリャの淹れる紅茶は美味しいわねー。  ユーリ様も、さすが第二皇子というべきか、話し上手だしペースを掴むのもうまい。 「そういえば、姫は紅茶を使ったお菓子が好きだとか。よろしければ、アッシュベルで人気の物を幾つか作らせますので、今度お茶でもいかがですか?」 「ええ、そうですね……」 「いつがよろしいですか? 明日はどうです?」 「明日……ですか」 「ええ。残念なことに、今回の滞在は一月だけなのでどうしても気が急いてしまって……迷惑ですか?」 「いえ、そんなことは」 「そうですか? それなら良かった」  ……と、相手のペースでころころ転がされまくっている。悔しいけど、私じゃ相手にならないわー。  予定を幾つか約束させられたところで今日の散策はお開きになった。 「姫」  さて部屋に戻るか、というところでユーリ様に呼び止められた。  手には小さな箱を持っている。 「どうぞ。よろしかったら受け取って下さい」 「これは……?」 「再会のプレゼントですよ。そして、もうひとつ意味を込めています」 「もうひとつ?」  差し出された箱を受け取るか悩んだけど、受け取らない理由は思いつかない。再会を祝って、の贈り物ならなおさらだ。  私が両手を出すとユーリ様はその箱を私の手に乗せて。  そのまま、距離を縮めてきた。 「――私が今回、この国に来た理由を知っていますか?」  驚いている私に顔を寄せてユーリ様が囁く。視線を上げるとすぐ間近に鮮やかに輝く碧の瞳があって、息を呑んだ。 「私は、あなたともう一度婚約を結びたい。……そのために、ここに来たのです」  低く紡がれた声は甘く確かな熱を秘めている。  私が何も言えず固まっていると、ユーリ様はいつもの穏やかに笑みを浮かべて一歩後ろに下がった。 「今度、身に付けた姿を見せて下さいね。……それでは、また明日」 「あ、は、はい。また……」  優雅な一礼を見て、固まったままだった私もはっと我にかえり、慌ててドレスの裾を摘んだ。  ……最初から最後まで、相手のペースだったわね。  去ってゆくアッシュベルの白い衣装を纏う背中を見ながら、重い溜め息が漏れた。  ちらりと周囲を見ると、レナードが厳しい顔のまま剣にかけていた手を離すところだった。主人がこんなで、彼らにも心配をかけてしまったようだ。  ……もう一度婚約を、か。  私は手に持ったままの小箱に目を向ける。  とても軽いはずのその小箱が、何故か持ちきれないほど重く感じられた。
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