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 ユーリ様が来て六日目の朝。その日はいつもと同じく穏やかな目覚めだった。  昨日は結局どんな約束をしたのかは聞き出せなかった。アランは口が堅いし。  だからと言って、ユーリ様に直接尋ねるのもはばかられる。  ……今は様子見をしておこうかしら。そう考えながら、私はベッドから身を起こした。 「ひ、姫様っ」  軽く目覚めの紅茶を飲み、侍女に髪を結ってもらっていると、別の侍女があわをくった様子で近づいてきた。耳元で受けた報告におもいっきり眉を潜める。 「薔薇が、次々運ばれてきてる? もう部屋には入り切らないからここにも置いていいかって……良くないわよ!」  なにそれ、どういう状況なの。  私は身支度を急がせ、部屋に向かった。  ドアを開けたとたんにむせかえるような芳香を感じ、息がつまる。手で鼻と口を覆って部屋を見回すと……うわ、これ全部薔薇!?   テーブル、机、床。部屋の中の至る所に薄い紅色の薔薇が置かれている。あまりの数に、部屋が花畑になったように感じるくらいだ。いくらなんでも、尋常な数じゃない。 「いったいどこの誰がこんなに送ってきたのよ!?」 「ユーリ殿下です」  打てば響くような侍女の答えに、ばっかじゃないの!? ……とは、口に出さなくて済んだ。 「やあ、いらっしゃい」  王宮の客室に険しい顔で押し掛けた私を、ユーリ様は何故か嬉しそうに出迎えた。 「ユーリ様……あの薔薇は、いったいなんなんですか」 「綺麗だったかい?」 「き、綺麗は綺麗でしたけど!」  そういう問題じゃない、と言いたいところだけど、ぐっと堪えた。 「……あんなにたくさんいただいても、処置に困ります。できれば、今回限りにして下さいね」  ユーリ様は、お客様だ。しかも、国賓。怒りにまかせて怒鳴ることは出来ないので、憤りを押し込めてなんとか冷静に話す。しかし、ユーリ様は相変わらず嬉しそうな笑顔だ。  わかっているのだろうか、と思っていると、ユーリ様は頷いて言った。 「わかっているよ、すまなかった。でも、楽しかったから、ついね」 「楽しかった?」 「ああ。想いを寄せる女性に山のように花を贈る。まるで陳腐な小説のようだけど、やってみたら意外と楽しめた。……君が、どんな顔をするのかと考えただけでわくわくとしたよ」  悪戯っぽく笑うユーリ様、その様子に違和感を感じて私は戸惑った声を上げた。 「ユーリ様? その、言葉が……」 「ああ、こっちのが地なんだよ。気に入らないかな?」 「え、いえ、それは別に」 「そう。なら良かった」  気に入る、気に入らないという以前に、急に砕けた口調になった理由が気になるのだけど…… 「理由かな? うん、もう六日目だしね。もっと君との距離を縮めたい、というのが理由かな。半分は」 「はあ……って、私、口に出してました?」 「うん。出してたよ」  さらりと答えられ、首をひねる。……そう、だったかしら?  まあいいわ、ともかく。 「もうこんな事はなさらないで下さいね?」  しっかりと釘を刺しておくつもりでユーリ様に真剣な顔で告げると、彼はにこやかな笑顔で頷いた。 「うん、次はもっと違うことにするよ」 「ユーリ様!」 「あはは、ごめんごめん」  ちっとも反省しているように見えない……  この人、こんな人だったんだ。思わずリーリャを見ると、彼女はいつものように壁際で佇んでいた。その表情もいつも通り。  でも、意外と苦労しているのかしら、と考えてしまった。  豹変、というほどではないけど、かなり変わってしまったユーリ様の部屋を辞して、自室へと戻る途中、気まずい相手と出くわした。  金褐色の髪を結い上げ紅のドレスを纏った美女、エルフィナ王女。  私の姉の一人であり、かつてユーリ様の婚約者候補だった人、だ。 「…………」  自然と背が伸びる。緊張感で肌がひりつく中、侍女を引き連れお互いに無言で歩を進める。  すれ違う瞬間、ぽつりとささやかれた。 「……あまり調子にのらないで」 「……」  私は足を止め、振り返った。  小さなささやきだったのに聞こえたらしく、私の侍女が苛立ちをあらわにする。それを視線で抑え、振り返ることなく去ってゆくエルフィナ王女の背を見つめた。  エルフィナ王女……私の異母姉。  調子になんてのっていないし、婚約の話だって私の意志とは無関係だ。  ……でも、彼女にとってはそうなのだろうな。  何度弁解しても聞き入れてくれない姉を見送って、私は再び前を向いて歩き始める。  先ほどまでと違って、足取りが重く感じた。
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