笑顔を見せるその時に

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ーー 小学生の頃、僕は微熱が続いて検査も含めて2週間ほどの入院になった。 毎日父や母や弟の音羽もお見舞いにきてくれたが、心細くて寂しかった。 そんな時に、ひょこっと病室を覗いてきた同じ年くらいの男の子。 僕を見つけるやいなや、嬉しそうに近づいてきた。 「だれ?」 「僕は蒼(あお)って言うんだ。 ここの病院でお父さんが働いてて、よく終わるの待たせてもらってる。 お母さんも忙しいんだ。 保育室もあるんだけど暇だから今抜け出してきたところ。 同じ年くらいの子がいて嬉しい」 本当に嬉しそうに話す蒼に、僕は少しだけ恥ずかしく感じて目を逸らす。 「具合悪いの?」 蒼が首を傾げて、僕はうーんと考える。 確かに少し、体はだるいような気がする。 「少しだけ」 「辛いね、僕が治す!」 「どうやって?」 「お話する?」 全くもって直接的な解決になっておらず、少しだけ微笑んだ。 「あ!」 「なに?」 「笑ったら凄く可愛い」 男相手に可愛いとは、何を言っているのだろう。 それでも嫌な気はせず、毛布に顔を埋める。 「早く良くなると良いね。 良くなったら外で遊んだりもできるかも」 「……はじめて会うのに、もう友達みたいに」 「だって何か、一目見た時から仲良くなりたいって思ったから。 もう友達だよ」 どちらかと言えば引っ込み思案の僕に、 蒼の存在はただただ眩しく映った。 「……ありがとう」 「お礼言うようなこと言った?でもどういたしまして!君の名前は?」 「あ、日向(ひなた)……です」 日向奏。 それが僕の名前だった。 初対面の人と話すのはあまり得意な方ではないから、心臓がドキドキしている。 「ひなた」 綺麗に笑う子だ、と思った。 明るくて、優しくて、心が温かくなる。 それから蒼は、毎日のようにやってきては話をして行った。 花を一輪摘んで花瓶に挿してくれたこともあったし、 宿題を僕の病室ですることもあった。 僕の熱が高ければ心配そうに見つめて手を握ってくれたり、布団をかけてくれたりもした。 僕は蒼に惹かれ始めていた。 そんなある日、退院も近くなってきた最中、 父がお見舞いに来ている時に蒼もやってきた。 「日向ー!今日も来たよ! てあれ?お父さん?」 「うん、そう。 お父さん。この子前に話した仲良くしてくれてる子。 蒼って言うんだ」 僕が紹介すると、蒼は一つ頭を下げた。 「朝霧蒼です!」 父は少しだけ驚いたような顔をして、 その後に柔らかく笑った。 「そうか、仲良くしてくれてありがとう」 「僕の方がありがとうなんだ。 日向といると楽しいから」 父は少しだけ目を細め何やら考えるような表情をしていた。 あまり父のこういった顔は見たことがないから、不思議だ。 「そうか。少しだけ退院の話があるから部屋出ていてくれる?また来てあげて」 「分かった!じゃあトイレ行ってまた来るね!」 蒼は僕に向かって手を振り、 僕もまた、ゆっくりと振り返す。 蒼が出ていくと、父は息を吐いて僕を見た。 「良いか奏。 今回の検査でお前はΩであることが分かった。 ごめんな。これから苦労することもたくさんあると思う。 それでだ。あの子朝霧と言ったな」 「うん。お父さんがこの病院で働いているんだって」 「朝霧の家は、この辺りでは有名なαの家系だ。 お前が仲良くするとお前もさっきの男の子も傷付くことになる」
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