笑顔を見せるその時に

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「佐山久しぶり。 俺同じ高校だった如月結斗。覚えてる? で、こっちが大学で仲良くなった朝霧蒼(あさぎりあお)。 よろしくねー」 一瞬だけ、佐山がこちらを見た。 殆ど横顔だけしか見たことがなかったが、 改めて見ると本当に綺麗だ。 柔らかそうな茶髪が少しかかった大きな目。 長いまつ毛が影を作る瞳の中に、明らかな動揺が窺えた。 それは高校が同じだった結斗にではなく俺に向けられているものだと分かる。 「朝霧蒼っていうんだ、よろしく」 簡素に挨拶してみるものの、 佐山は喋ることなく視線を外し向き直った。 唇を軽く噛み、指の先を小さく震わせている。 「なん……で」 「何でって?」 「いや……どう考えても、 あ…、朝霧さんみたいな人が話しかけるようなタイプじゃないでしょ、俺」 どうしてそんなに声を震わせているのだろうか。 ポツポツと話す佐山の声は、高すぎず低すぎずどこか心地よい。 「まあ朝霧は有名人だからね。 首席だし親も開業医だしー。 普通の人は萎縮しちゃうのよ、ごめんな佐山。 朝霧は良いやつだから!怖い人じゃないよー」 結斗がおちゃらけた口調で話す。 「やめろよ。 別に有名でもなんでもないから」 佐山はまるで頑なにこちらを拒絶するように、じっと机を見つめている。 これ以上何か話す気もないようだ。 やがて教授がやってきて、講義が始まる。 隣に座って初めてわかったが、 佐山は真面目に授業を受けるタイプのようだ。 白くて細い指でノートに書き留めている。 端の1番後ろの席を選ぶやつなんて大抵不真面目なイメージがあるものだが。 そういえば選択履修も被っているものが多いように感じるが、 休んでいるのをあまり見たことがない。 講義が60分くらい進んだあたりだろうか。 佐山の持っていたペンが、カランと机の上に落ちた。 横目に見ると、じんわりと首筋に汗が滲んでいるのが分かる。 指が震えている。 「……大丈夫?」 佐山の方に寄り、小声で話しかけると、 彼は俺から少し距離を取るように座り直し、頷いた。 顔色が悪い。 「体調悪そうだけど」 「……寝不足なだけ」 確かに目の下の隈も酷い。 でもこれは、それだけというより。 「講義抜けたら」 喋ることさえ苦しいというように、佐山が口元を抑える。 「気持ち悪い?」 佐山がふらふらと立ち上がる。 1番後ろの席だし抜けることは容易い。 結斗に目をやると、彼は小さく寝息を立てながら完全に夢の中だ。 歩き方がおぼつかない。 何度もふらつく体を壁に手をつくことで必死に保っている。 講義の終了まではあと15分。 今抜けるとなると戻ってくることはできないだろう。 俺は自分の荷物と佐山の荷物をまとめ左肩にかける。 結斗にはメールを入れておこう。 放ってはおけないだろう、あれ。 「保健センター行く?」 追いかけて体を支えてやると、佐山はあからさまに困ったような顔をした。 「……いや、大丈夫だから」 全く大丈夫ではなさそうに言う佐山に苦笑を浮かべる。 「俺結構おせっかいだから、特に要望がないなら抱き抱えて保健センター連れて行くけど」
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