笑顔を見せるその時に

81/200
253人が本棚に入れています
本棚に追加
/200ページ
蒼が目を見開く。 そして、見たこともないような余裕のない表情をした。 俺の頬に触れ、ぐっと顔を近づける。 「もう一回」 「……え」 「だって奏、分かってる? 俺はさ、もうずっと好きだとか愛してるだとかって言ってきたんだよ。 なのに奏は、無言だったり拒否したり挙句の果てには嫌だって言ったり。 初めて好きって言われたんだよ。 これはもう一回くらい言ってくれてもよくない?」 そう言われると、急に申し訳なくなる。 確かに、俺はこれまでもらってばかりで、自分の気持ちは伝えたことがなかった。 そもそも、伝えることで喜ばれるなどと微塵も思っていなかった。 でも、でも今は。 今は、もしかしたら喜んでくれると思えるから。 「……好き」 「うん、俺も奏が好き」 蒼が本当に本当に嬉しそうに微笑む。 それは、無意識だった。 蒼の笑顔を見ていると、俺もまた少しだけ口元が綻んだのだ。 「……奏、お前」 首を傾げると、たまらないとでも言うように蒼が息を吐く。 「今少しだけ、笑ったように見えた。 もっと、ちゃんと笑わせるから」 そう言われたら、最後に笑ったのはいつだろうか。 それこそ両親が死んでからは、笑ったという記憶がない。 「本当は奏とずっと一緒にいたいし、このままこの病室に泊まりたいけど、ルールでダメみたいだから。 また明日必ず来る。待ってて」 「……土曜、なら、せっかく大学休みなのに」 「だから会いたいの」 声が掠れておかしくて、蒼がもう1つ氷を口に含ませてくれる。 少し溶けて小さくなっており、舐めやすい。 「ねぇ、ブロックされてる連絡先、もう一回許可してくれない?」 ゆっくりと頷くと、”夜も連絡するから”と蒼は笑った。 もう一生会えないと思っていたからこそ、 蒼の温もりは強烈だった。
/200ページ

最初のコメントを投稿しよう!