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三次元聖女は二次元騎士に愛される
もうだめかも。
パスワードが思い出せず、アプリの入力画面でつまずいた時、データ引っ越しの失敗を悟った。
「ええ〜、パスどっかに書いておけばよかった」
最新機種のスマホに買い替えたのが嬉しくて、ゲームデータまで気が回らなかったのだ。
アナログでもいいからどこかにログインパスワードを記録しておけば今までの攻略が無駄にならずにすんだのに、なんていうミス。
テーブルに突っ伏したまま、ため息をつく。「運命の聖女」はもう三年もプレイしているソーシャルゲーム。
内容はプレイヤーが聖女となり、護衛のイケメン騎士達と恋愛していくという女性向けゲームにはありがちなシナリオではあるのだが、リアルに疲れた体にはベタな展開が癒しなのだ。
「また初めからダウンロードしてやり直しか……好感度上げ頑張ったのに」
女性向けゲームの例に漏れず、好感度上げは大変な作業だ。一部だけ上げすぎると個別エンドになってしまったり、下げすぎるとバットエンドになってしまったり、攻略するキャラによっては大惨事になりかねない。なによりもこつこつ上げてきた推しキャラの好感度がゼロになったことがショックだ。
「引っ越しって大事なんだね」
あらゆる意味で。泣きそうになりながら実感する。今日はコンビニのお弁当でいいかな。食事を作れる気がしなかった。
「なぜそのように悲しまれているのです、アサコ」
「だって推しが、推しの好感度がゼロに……あんなに苦労したのに……バージル……」
「はい」
独り言のつもりが会話になってる?
アサコは違和感に突っ伏していた体を起こした。テーブルの向かい側に、甲冑を着た金髪碧眼の男が座っている。
「疲れてるのかな……バージルがいる」
「疲れているのですか?それはいけない、ベッドへ」
ごく自然にベッドへエスコートされそうになったアサコは、我を取り戻した。
「ストップストップ、ゲームのキャラがどうしているの!?」
「どうして、と仰られましても。気がつけばここにいました。私はバージル。あなたの騎士、バージル・ガーティンですよ」
「嘘」
ありえない。
頭では分かっていても、目の前にいる男がバージルに見えてしかたなかった。バージル・ガーティンは誠実で優しい性格をしたアサコの推しキャラだ。バージルに限りなく似た男が跪く。
「嘘、ですか。
貴女に騎士たる私の忠誠を疑われているのが悲しいです。しかし、だからこそ私の働きで忠誠を証明すべきでしょう」
左胸に手を当てた美形の男が跪いている場所がアパートで、相手が自分でなければ絵になる光景に違いない。いくら自分が聖女だという設定だとしても三次元で聖女扱いされるのはちょっと、いや、かなり恥ずかしいものがある。
アサコの火がついてるんじゃと思うくらい熱くなった顔を見上げたバージルが微笑んだ。
「ああ、やはり画面ごしで見るよりずっと美しい方ですね。愛しています」
指先にキスされてアサコが気を失ったのは、無理もない。キャパオーバーだ。
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