そうじゃなくなる二人の話4

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そうじゃなくなる二人の話4

「…?」  反応はしても声も出せない彼女に聞いた。 「姪っ子のこと、特別可愛いって言ったよね? 自分の子どもだったらどう?」  自分の子ども? 唐突な質問を疑問に思うこともなく、その言葉を繰り返して思い出す。自分の子どもは格別だと言っていた親友の言葉。でも、そんなの分からない。想像すらできない。 「…分からない…です」  困ったように、やっと小さな声で呟いた。こんな状態じゃなければ、もっと冷静に考えられたのかな。その返事を全く意に介する様子のない彼の声が聞こえてくる。 「俺の子どもは?」  高埜さんの子ども? 言われて想像した。高埜さんが赤ちゃんを抱っこしている。この人はきっと赤ちゃんを大切に優しく扱って、赤ちゃんも安心して笑うんだろうな。そんな光景がすんなり想像できて泣きそうになる。 「…可愛いと思います」  安心して幸せで、暖かい場所で笑う赤ちゃん。愛おしい、とすら思う。その感情は多分声から伝わった。 「…あのさぁ」  その言葉に笑ってしまった。抑えきれない感情が湧き上がって声が震えそうになった。迂闊な彼女に腹が立ったような、危なっかしくて守りたくなったような、可愛くて手放したくないと思ったような、よく分からない感情をそのまま受け入れる。それを全部渡したら、彼女は受け入れてくれるかな。 「その子の母親は誰だと思ってるの?」 「?」  その言葉に、彼女は不思議そうな顔をした。そこまで想像してなかったのか。やっぱり。それなのにそう答えた彼女の気持ちは明確に伝わってくる。  キスをしてもっと奥まで入れる。口を塞いでいても声が漏れて、その声にも彼女の感触にも更に欲情した。 「クリスマスの夜にこんな事してるのに、何にも想像しなかった?」  彼女の唇を舐めて呟いた。彼女の声も、表情も体の反応も、全部良すぎてもっといじめたくなる。彼女が気持ち良くなるように。 「今、俺が付き合ってるのは三咲なんだから、俺の子ども産むとしたら三咲なんじゃないの? それでも可愛い?」  別に子どもが欲しいと思ったことはない。結婚して子どもを作らなければと思ったこともない。彼女が言った事と同じだ。それ以前の問題で想像すらできなかったし、なんならそもそもその疑問すら思い付きもしなかった。けど、彼女の意外な一面を知ってからこんな短時間で想像が膨らんでしまった。そういう想像ができるくらいに沢山のことが変わってしまった。それって自分だけ?  高埜さんと自分の子ども?  言われてそのまま受け止める。さっき想像した二人の側に自分がいる。幸せそうに笑ってる。それだけの想像で、もう全てが分かった。それってすごく。 「…すごく…」  ぽろぽろ、と涙が零れた。なんて幸せな想像だろう。大好きな人がいてくれて、その人との子どもがいる。その人は憧れだけの存在じゃなくなって、困ったらそれを晒け出せるし助けてくれる。嬉しい時には一緒に喜んでくれるし、最初から知っていた通り優しい人。一生側にいてくれて、子育ての苦しみも喜びも、きっと一緒に幸せだと受け止めてくれる人。その人と育てる子どもは、きっと幸せで笑ってる。 「可愛いと思います…」  その彼女を見て、自分との未来を想像してくれたんだと分かった。それが幸せなものだったことも。  あっさりと、この子と結婚したい、と思った。子どもができてもできなくても構わない。どっちでも彼女となら幸せな未来が想像できる。精神的に安定していて懐が深くて、大切なものには沢山の愛情を注ぐ事ができるこの子となら。  こんなに欲しいと思う相手ができると思わなかった。ぼやけていた恋愛という感覚が、急にはっきりとした形で手の中に落ちてきた。 「ん…っ。た…高埜さん?」  肌にちくりとした痛みが伝わってきて呟いた。キスマークが胸にはっきりとついてる。え。嘘。こういう事するの? そう思いながら赤面していたら、そのまま首にもキスをして耳元で彼はこんな事を言う。 「ここにもつけて良い?」 「え」  えええええ。 「だ…駄目。駄目、駄目です。し、しごっ、仕事…が…っ」  社内恋愛は禁止されていないけど、そんなの見られたら恥ずかしくてその場にいられない。それは高埜さんも同じ筈なのに!?  その返事に、んー…。と、唸り声が聞こえてくる。え? 本気だったって事? 嘘でしょ? 「じゃあ、後ろ向いて」 「わ」  そう言われて体をひっくり返される。そして混乱している間に髪をよけられてあっと言う間にうなじにキスマークをつけられてしまった。 「た…高埜さ…」 「気になるなら月曜日は髪下ろしておいて」  そこをなぞって耳元で彼が囁く。邪魔になるから髪はいつも結っていた。でも、そんな事したら確実に見える場所にキスマークをつけられた。確かに髪を下ろせば隠せるかもしれないけど。  …けど…何で…。 「俺は構わないよ。見られても」 「…え…?」  悲鳴みたいな声が口から零れ落ちた。それってどういう? これを見られても気にならないって事? 「な…何で、何で」 「何で? 自分のものには名前書くの、普通じゃない?」  名前?  と、聞く暇もなかった。そのまま抱かれて、そんなの忘れるくらいに乱された。お互い素直に求め合って、恥ずかしいほど甘く愛し合った。こんなの知らない。でも知らない同士でもそういうことができる。与えれば大きくなって返ってくる。それを返せばまた大きくなって。  とてつもなく気持ちの良い感覚と、愛情と、少し意地悪にも思える淫らな言葉と、甘える様なおねだりと、ご褒美みたいな愛撫と。  後はもういくつかのキスマーク。
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