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そうじゃなくなった二人の話1
ピンポーン。とインターフォンを鳴らすと家の中から足音が聞こえてきた。そしてすぐにドアが開く。鬼の形相をしていた親友は、自分を見て驚いたように目を丸くした。
「お…おはよう…」
もじもじ。色んな意味で気恥ずかしくて、同性の友達相手なのにちょっと赤面をしながら小さな声でそう言った。
学生の時もそれ以降も休日に遊びに行く時も、ずーーーーっと髪を結んでいた親友が何故か髪を下している。何だ。どうした。何があった。びっくりし過ぎて怒りも引っ込んで家に入れたら、もじもじしっぱなしの親友がおずおずと紙袋を差し出してきた。
「あの、これ…。お納め下さい…」
「…どうも」
そしてリビングに行ったけれども、いつもの様に子どもに突進しない。やっぱりもじもじしながら「ちーたん、抱っこして良い?」と小さな声でお伺いを立てる始末。おかしい。
「良いよ」
と答えたら髪がかからないように注意しながらゆっくり我が子を抱っこして、ぎゅーっと抱き締めてなでなでした。そして、はぁぁぁー。としみじみ味わっている。いつも意味もなくすーはーすーはーしてたじゃん。完全に変質者だったじゃん。うーん。やっぱり何かおかしい。けど、なんて聞けばいいものか。
とりあえずこれ着せるか。と、そこは有難くプレゼントを楽しませて貰う事にした。
「あー!! 可愛い! 可愛いよー!!! 最初は帽子無しで。次は帽子被せてみよう。雪だるまちゃーん! ラブリー!! こっち向いてー! あー! 笑ってるー!! もぐもぐするの。お手てもぐもぐするの。良いよー! 良いよー!!」
ばしばしばし。と、実母よりも写真を撮りまくってから親友は床に崩れ落ちた。変だ。いつも変だけど今日は一層変だ。そしてはーはー言いながら本気で泣いている彼女に、躊躇いつつも声をかけてみる。
「…あんた大丈夫?」
「大丈夫。生きてて良かった…」
ううう…。と涙を拭いながら起き上がった親友を見て、母親はいつもよりも本気でどん引いた。
「あ、おにいから連絡来たよ。お昼、何か買って帰ろうか? だって」
おにいは旦那であり兄であり父である。今日は買い物に行っていて不在。いつも不在だがたまたまである。
因みに二人きりの時はどうだか知らないけれど、この親友はおにいの事をおにいと呼ぶ。自分が呼んでいたのを真似したらしい。我が子が言葉を話すようになったら、きっと他の呼び方になるんだろう。
「あ。今日はこの後用事ある…」
「へえ?」
てっきり一日入り浸って雪だるまを愛でるつもりだと思っていたのに。今日はしつこく抱っこもしないし、やっぱり変。
「せ…先輩と、出掛ける」
真っ赤な顔をしてそう言った彼女に、我が子をちょっと抱き直してから疑問を口にした。
「何かあったでしょ」
「何もないっ」
ぶんぶんと首を振る様子を見てそれ以上の追求を諦めた。ふーん。そう。まぁ、そう言うのなら今はそっとしておいてやろう。今後の様子次第では今日のこともいつか問い詰めるだろうけれども。
「じゃあ、プレゼント何貰ったの? 何渡したの?」
これくらい教えてくれも良いよね?
「あ…」
あうう…。結局そこは…だから、その。
「何にも、貰ってないし渡してない…から」
「はぁ?」
やっぱり破局寸前なのか? このカップル。
「今日、二人で買いに行こうって」
へぇ? それはそれで。
「意外。二人とも無ければ無いで気にもしなさそうなのにね」
「た…あ、せ、先輩が『姪っ子ちゃんにはあんなに必死でクリスマスプレゼント買いに行くのに俺には何もないの?』って」
おやおやおやおや。本人にその気がない惚気を聞かされて、親友はいい加減察したし苛ついた。
「ちーに嫉妬してんのか。大人気ない」
「は? し、してないよ! してない! 後で写真見せてねって…あ、これ見せて良い? よね? 先輩見たがってたから」
「良いけどさぁ…」
ちょっと揺さぶるか。と、親友はにっこり笑ってこう言った。
「じゃあ、先輩に伝えておいて。これは綺麗に保管しておきます。お二人の子どもが生まれたらお返ししますから。って」
「ふた」
――俺の子ども産むとしたら三咲なんじゃないの? と、そのまんまの声が聞こえてくる。
「…え? あれ? ちょっと?」
耐えられずに机に突っ伏した親友を見て、予想外の反応に困惑した。え? 「何言ってるの!」と、照れ隠しに怒ったり、妄想してにやけるならともかく? 何で崩れ落ちてるんだ?
その角度で見てたら気付いた。あ。
「ねぇ。髪に何か付いて…」
「わーー!!」
髪と言われて顔を上げた。止めて触らないで見ないでーー!!
「えー!?」
何この子。どうしちゃったのーー? と、発狂する親友に混乱する母親。
きゃっきゃっきゃっ。その母親の腕の中で、雪だるまの赤ちゃんはずっと楽しそうに笑っていた。
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