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そうじゃなくなった二人の話3
「ひ…ひど…酷い…」
世に晒せない顔を左手で隠しながら呟いた。世にというか隣の人に晒せない。隣の人のせいなのに。
「近付いて行ったの自分じゃん」
こんな迂闊な彼女を誰が想像できるだろう。会社の人間が見たら何て言うかな。絶対見せたくないけれど。
「そう、ですけど」
ですけど。うえーん。あまりの羞恥に顔の色が戻らない。もうやだ。こんなの見られたくない。私のイメージどうなってるの。そう思ったら上から笑い声が聞こえてきてよしよしと頭を撫でてくれる。気にしなくて大丈夫。そう伝わってきて安心した。恥ずかしい思いをしてもこんなに嬉しいことがあるなら良いかと現金にもすんと泣き止む。
そんな自分を見ながら、どうしたもんかな。と思っていた相手の事を知らない。この子、髪を下しただけで大分イメージが変わる。明日もあの赤い痣は消えないだろう。ってことはこの状態で会社に来るって事だ。髪もつやつやで綺麗だし、たったそれだけの事なのに凄い童顔になる。おまけに素も出始めた彼女は滅茶苦茶に可愛い。クールだと思っていたからギャップも凄い。どこまで会社の人間が気付くかな。付き合っている相手が社内にいると知られていたって安全とは言い切れない。うーん。
明日、何かしらの用事作って営業部に行ってみよう。ひらひらと自分の手で頬っぺたを冷やす彼女の手を引いて彼はそんな事を考えた。
なかなか決まらないなぁ。と、うろうろしながら思った。色々とごたごたしたけれども仕切り直し。初めてのクリスマスに貰えるプレゼント。嬉しいし尊い。本気で悩んでこれ! というものを決めたい。素敵なクリスマスを一緒に過ごしたんだもん。思い出にもしたい。
でも決まらない。できれば普段使いできるもので、もしも外でも使うなら小さくてさりげなくて消耗品じゃないものが良いな。いつか壊れてしまうものだとは分かっていても長く一緒にいたい。ううーん。何だろう。アクセサリーは元々つけないし、文房具とかは消耗品だし。服も鞄も時期を選ぶし…。あー。
思いはともかく、決まらないのは向こうも同じ模様。最早ローラー作戦で自動的に店をはしごしながらパンクしそうな頭をぶんぶん振った。ここを出たらお茶にでも誘おうかな。大分連れ回しちゃってるし。全く同じ時に同じ事を相手も考えていることなど知らずに遠い目をして考えた。
気を取り直して店を見回すと、目をぱしぱししてしまいそうな小さなガラス細工が綺麗に並んでいる。雑貨屋だ。そのガラス細工に雪だるまを見付けてこれ、いいな。と思う。これだったらずっと部屋に置いておける。見ると今年のクリスマスを思い出せる。これにしようかな。と思いつつもその場に馴染んで見えなくなってしまいそうな未来を想像して悩んだ。そうじゃなくて、もっと…こう…。とうろうろしながら考える。雪だるま…いいな。雪だるまの何かにしようかな。あ、食器もある。お箸、お皿、マグカップ…。
「…おお…」
と、思わず声が漏れた。マグカップ、良いな。薄黄色のマグカップに、小さな小さな雪だるまがいる。可愛い。家で使っているカップは少し小さくて物足りなかったんだ。これ、大き目でたっぷり入る。両手で持った感じも凄く良い。わー。これにしよう。これ買って貰おう。毎日でも使えるし、使う度にずっと思い出せる。見付けた。やったー。想像してほくほくしていたら、その雰囲気を察したらしい。苦笑いをして彼が言う。
「良いのあったの?」
雪だるま見付けた時とおんなじ顔してる。と、端的に言えば萌えていた訳だが本人は気付かず。赤面をして深く俯き「これが良いです…」と呟いた。
「マグカップ? ふーん。これが良いの?」
これが良いです。と、うんうん頷いておすすめポイントを見せた。ここ。ここです。
「ここに、ここにすっごく小さな雪だるまがいるんですよ」
「あ、ほんとだ」
「大きめで沢山入るし、持った感じも凄く良いです。これが良いです」
「…そう」
あれー。俺の目がおかしいのかな。それとも彼女が変わった? それすらもう全然分からない。どうしてこんなに別人みたいに可愛く見えるんだ。そう思って目を擦った。まぁ、良いけど。
マグカップね…。そんなにほくほく顔をされると良いなと思ってしまう。自分もあんまりこだわりが無かったからあるものを使っていたけれど、そうやって選んだものを使うのも良いな。お。
「そんなに良いなら俺もこれにしよ」
そう言って藍色のマグカップを手に取った。色違いのそれには、やっぱり小さな雪だるまが同じ場所にいる。昼と夜みたいなお揃いのマグカップ。
「え。え? お揃い? にします?」
「うん。駄目?」
「そ、んなことないですけど」
ええー? お揃いとか、か、カップルみたいな、あ、カップルですけど、うわあああ。
真っ赤になってにやけた彼女を見て思わず吹き出した。本当にどうしよう。自分も会社で今まで通りに振る舞う自信が無くなってきた。二人で雪だるまの着ぐるみを買いに行って、二人で雪だるまのマグカップを買って、嬉し恥ずかしクリスマス。
二人はまだ知らないけれど、そのマグカップが隣に収まるのは一年半後。
その家に雪だるまがやってくるのは、それから更に二年半後。
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