そうじゃなくなった後の話1

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そうじゃなくなった後の話1

「お?」 「あれ?」 「あれれれ? 三咲?」 「えー? 可愛いー」 「可愛い可愛い」 「本当に可愛いな」 「随分雰囲気変わるねー」 「素敵です。先輩ー」 「髪、凄い綺麗」 「これからも下ろしてきなよー」 「いいじゃん」 「本当にいい」 「びっくりした。イメチェン? 似合う似合う」 「別人みたいー」  わーわーわー。  翌日、出社したら即、部内の人間全員からお褒めの言葉を頂いた。嬉しくもあるけれどもこっ恥ずかしい。止めて見ないで。と、顔を手で覆いたくなったけれども我慢した。 「…ありがとうございます…」  と、理由が理由だけに赤面して言うと、ほぼ全員の時が止まった。あれ? 何か意外な反応。もっとさらっと返事すると思ったのに。照れてるの? 可愛い。ギャップが凄い。良い。と、もじもじしている彼女を少し気にする男性もいた。  が。 「失礼します。代替えのパソコン、設定したので持ってきましたー」  と、声が聞こえて数人が目を丸くした。一人はもっと赤面し、他の何人かは恋人の登場に我に返る。そうだった。そういえばこの子、社内に彼氏いたな。 「あれ? 早いっすね。年明けって言ってませんでした?」 「できたんで持って来ちゃいました。営業さん、捕まらないこと多いから」 「ははは。それは確かに」  これがあーでこうで。と、説明をしている彼を意識しないように…するのは無理なのでそう思われないように気を付けながら声を聞いていた。テキパキ説明してる。格好良い。  あー! どうしよう! 顔がー!!  逃げようかな。用事は無いけど複合機辺りまで…。と、思ったら小さな声が聞こえてくる。 「先輩。先輩っ」  あう…。 「…何?」  と、気まずい顔を上げたら斜向かいにいる後輩がにこにこしながらこんな事を言う。 「高埜さん、先輩がイメチェンしたの御存知なんですか? もしかしてびっくりする顔見れます?」  えええ…と。何て言おう。えええ…と。 「三咲」 「!!!!」  その声に、びくぅっ! と分かり易く強張ってしまった。そしてきらきらの後輩から目を逸らして振り返ると、今まさに話していた彼が意味ありげに笑っている。 「お疲れ様。どうしたの? 髪下ろして。珍しいね」  うわあああー! と、心で叫んで我慢した。深く俯きたかったけどそれも駄目。髪が乱れたら見えちゃうー! 「は…はい。ちょっと…はははは…」  えええええ。そういう感じで来るんですか? あ、でも確かに、髪下ろしてるのを予め御存知だったら勘ぐられるかもしれませんね。なるほどなるほど。一人で勝手に納得していたら彼は今まで会話をしていた後輩に笑う。 「良いんじゃない? 可愛いよね」  そう言うと、後輩は待ってましたとばかりに頷いた。 「そうなんですよ。凄いイメージ変わりますよねー! 朝から営業部、その話で持ちきりでしたよー! 可愛い可愛いってー」 「ふーん」 「皆気になっちゃってるみたいで、ずーっとちらちら見られてたの、先輩気付いてなかったでしょ。こっちからは丸見えですけどー」 「え…ええー…」  それは言い過ぎじゃ…。 「本当ですって。髪綺麗。可愛いな。って営業さん達がこそこそ話してるのも聞こえちゃいましたもん。これはお世辞じゃなくてマジですよ! マジ!」 「…へー」  そうなんだー。と、自分にだけ低い声が聞こえてくる。あれ? 何かお怒りで? そう思って顔を見たら、気のせいだったみたいに笑って彼は言った。 「三咲。付箋くれる? あとペンも貸して」 「あ、はい…」  言われた通り渡すと「ありがとう」と言ってさっきの営業の所へ行ってしまった。からかいに来た訳じゃなかったらしい。あー。良かった…。 「先輩。高埜さん、可愛いって言ってましたね。そんな事言う人じゃないと思ってましたー」  ほわーん。と、幸せそうに後輩は呟く。確かにそれは…うん。と、素直に頷いた。クリスマス前だったら言ってくれなかっただろうな。きっと、思っている以上に自分達は近付けているんだ。嬉しいな。そう思っていたら彼が戻ってきて付箋を机に置いた。 「これ、ありがとう」 「あ、いえ…」  と、平常心を取り戻して言いかけたらそこに書かれた文字が目に入る。  今日一緒に帰ろ。 「ペンも」  はい。と渡された。返事は? ということらしい。 「あ…はい」  と、受け取ったものの、こっちの返事はここかな。と、そこにも同じ、はい。を書く。 「じゃあね」  と、その付箋を取って彼はフロアから出て行った。そんなやりとりをしているなんて分からない振る舞いに思わず見惚れてしまう。クールっていう言葉はあの人の為にあるんじゃないかしら。自分なんて本当に紛い物だ。本当は顔にも声にも出まくっていることなど気付かずそんなことを思った。  後で、ふと思い出してどうしてわざわざ付箋を持って行ったのか聞いたら、うっかり捨て忘れそうだから。と言葉が返ってきた。彼の中ではそれくらい危なっかしい人間になっているらしい。それは間違いじゃないし、そんな自分のことも理解してくれて嬉しかった。
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