そうじゃなくなった後の話2

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そうじゃなくなった後の話2

「あれ? …え? 三咲?」  待ち合わせをしていた会社のフリースペースで戸惑ったような声を掛けられた。振り返ると総務部の先輩がいる。恋人の同級生で友人なのも知っている。立ち上がって頭を下げた。 「お疲れ様です」 「お疲れ様。…びっくりした。どうしたの。髪下ろして。随分イメチェンしたね」 「あ…はは…あの、はい。さ、寒かったの、で…?」  もう許して下さい。と思いながら頷いた。その話題に触れられるの、丸一日経っても慣れない。ただの話のきっかけとは分かっているけど。それに他の人同様「いいんじゃない」と笑顔で好意的に受け止めてくれる。それは単純に嬉しい。 「高埜待ってるの?」 「はい」  隠してはいなくても交際しているのを知っている人と知らない人はいる。だからか少し音量を抑えて言われたその言葉に頷いた。 「へー」  その返事を少し意外に思った。どちらかを待たせてまで一緒に帰るような二人だと思わなかったな。 「仲良くしてるんだ」 「…あの、はい。優しくしてもらってます」 「ええー? あいつがー?」  その返事にちょっといらっとした。とてもじゃないけど先週の様子を見るとそんな風には思えないぞ。それなのにあいつめー。 「三咲。お前は騙されてるんだよ。あいつはそんなに優しい男ではない」  つい最近も同じことをやって女子社員に怒られた男は忠実に同じ間違いを繰り返した。 「え? そ、そんなことないと思いますけど…」  と、控えめに反論をした彼女の言葉についつい加速してしまう。同性に下らない嫉妬してしまう男というのは結局自分の足を引っ張る。それが判明するのはほんの少し後の事。 「ないない。そんな事ない。少なくとも気が利く男ではない。自分でそう言っていたんだから間違いない。よく思い出してみろ。仕事はできて外面も良くて容姿もそれなりにいいかもしれないけれども気は利かない」 「…???」  褒めてるのか貶しているのか分からない言葉に彼女は混乱している。 「三咲ももっと我が儘になって良いんだぞ。聞き分け良くあいつに楽させることなんてないんだから。そうやって甘やかすからあいつは何もしなくても何でも手に入ってどんどん努力をしない男になるんだよ。そういう余裕のあるところが良いとかいうんでしょ? 女はさ。でもあいつはさ、もう一度言うけど何にもしてない訳。周りのおかげで、すん、としているだけな訳。三咲がちょっと膨れたり拗ねたり、じゃあ良いですよーって背を向けた日には女々しく動揺するに決まってるんだから! やっておやりなさい!!」 「…???」  意味不明な嫉妬を聞かされて彼女は更に混乱している! …けれども最後の言葉にだけは恐る恐る答えた。 「あの…すいません。多分動揺されないと思います…」  期待されても困る。冷静にそう返したら大きく頷いた彼の友人は、どこにもぶつけられない嫉妬を持て余して叫んだ。 「やっぱり? ですよねー! だからあいつの執着はどこにあるんだってんだよ! あー、もう、冷蔵庫にあるビールに名前書いてたりしないかな。取ったら激怒とか見てみたい。くっだらねーって笑ってやるのにー!!」  ずっとぽかんとしていた彼女は、その言葉に思わず笑った。それは私も見てみたいかも。そんな高埜さん、意外でちょっと面白…。  …名前。  何で? と、あの時あの人は、赤く色付いた肌を撫でて言った。  ――自分のものには名前書くの、普通じゃない?  …あれ? 「…え?」  彼女の表情に思わず目を丸くする。その顔が誰かの手で隠された。 「何やってんの?」  不意に聞こえてきた声に背筋が凍った。声だけで分かる。激おこ。…え? いきなり何? 何で? 「三咲。こっち向いて」  恋人に呼ばれて彼女は振り返った。こっちから表情はもう見えない。けれどその顔を見て彼はさらに機嫌が悪くなった。でも笑ってこんな事を言う。 「え? どういう事? 俺じゃない男の前でそういう表情する理由ある?」 「これは、あの…あの……」  ふるふるふる。と、彼女の声と肩が震えた。え? この子、そんな簡単に動揺したりする子じゃないよね? 脅迫でもされてんの? 「何言われたの?」 「…こ…ここでは…あの」  ガクブル。ん? 怯えてる? 彼氏だよね? 「へー…」  ぎろり。その視線がこっちに向いた。何。何で。ちょっと嘘でしょ? 滅茶苦茶怒ってるじゃん。理由も聞かずに。お前そういう事しないって言ってたじゃん。そもそも俺、何にもしてないけど。あ、してなくはないけど。え? 聞いてたの? だからってそんなに怒るの、お前らしくなくない? 「じゃあ後で話聞くわ。行くよ」 「あの…はい…」  ご愁傷様。とでも言いたくなるような彼女の震える肩を見ていたら、鬼が再びこっちに向く。 「お前、事によったら明日話聞かせて貰うから」 「え? ……と…」  こちらもガクブル。弾みで「はい」と言いかけて踏み止まった。明日でお仕事は終わりです。その後は年末年始休暇になります。ですので総務は色々と雑務が…。 「返事」 「はーい!」  いや、何でもないです。お疲れ様っした!!
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