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本当はそうだったのに実はそうじゃなかった話4
「おろ?」
「お」
「おー」
と、気付いた人から歓声が上がった。何で。本当に気にしなくていいのに。と思いながらこそこそとフロアに入る。
「皆さーん。三咲が髪下してますよー」
「わー。本当だー」
「可愛いー」
「久し振りだねー」
「やっぱり綺麗ー」
「ひゅーひゅー」
「こっちの方が良いのにー」
「いや、たまにだからより良いっていうのもあるぞ」
「確かに」
「一理ある」
可愛い可愛い。と、にこにこで褒められてクリスマスの時みたいに赤面して震えた。だって髪を下してる理由がアレだから。もじもじ。
「……ありがとうございます…」
わー。可愛いー。髪を下しているのも確かに可愛いけれど、普段はそういう表情をしない彼女がそう言って照れるのがとっても可愛い。こうなるのが分かっているのに何故か時々自発的にやってくる迂闊さ(?)も可愛い。ここぞとばかりにみんなでからかった。
ん?
声に気付いて足を止めた。朝から何か盛り上がってるな。と思って入口の部名を見る。営業部。あー。ここが営業部か。何度か通ってはいたけれども気にしなかったな。楽しそう。こんなに和気藹々としてるんだ。まぁ、考えてみれば営業さんはコミュニケーションスキル高いだろうし納得。そう思いながら情シス女子は自分のフロアに向かった。
お。
その途中、先輩を見付けて思わず駆け寄る。
「高埜さん」
「ん?」
今出社してきたところらしい。鞄を持ったまま振り返った彼は「おはようございます」の言葉に「おはよう」と返事をしてくれる。そして同じ場所に行く者同士、隣を歩き始めた。
そこで思い出した。あー。営業部って何か引っかかると思ったらそうだった。高埜さんの彼女がいる所じゃん。土曜日は家族とお出掛けされていたようですけど昨日はちゃんとデートしたんですか?
「高埜さんの彼女さん、社内にいらっしゃるんですよね? 一緒に出社しないんですか?」
「え? あー…考えた事も無かったな」
これだよ。と、高埜の言葉に呆れた顔を隠した。自分は夢見る女の子じゃない。そういう自覚があるからこそ、それよりも塩だとカップルなんて成り立たないと思っている。そして高埜は砂糖を含まない塩そのものだとその返事で認定した。彼女さん、よく平気だな。
「向こうも何も言わないんですか?」
「言われたことない」
そんな事に気を使わなくても大丈夫なのが分かっているから気にもならない。それが共通認識…というレベルにすらない事を赤の他人は分からない。おーう。と、顔だけであいたたを表現して仕切り直した。
「ドライなカップルですね」
「そう?」
「そうですよ」
他の社内カップルなんて朝から手を繋いで出社してたりしますよ。あれもどうかと思いますが。
いやいや。相手が変わればこの人も若干甘さは出るんだろうね。妹さんに対しては表情とか声が会社にいる時と全然違ったし。
「そう言えば高埜さんて妹さんいらっしゃるんですよね。仲良いんですか?」
自分からは晒さないけれど問えば答えてくれる。拒否する感じも無い。あまり中身の見えない高埜に恋愛的ではない興味がある後輩は手持ちのカードをすべて使った。勿論見ていたことなど悟られない質問文で。
が、それは不発だった。
「妹?」
怪訝そうな顔をして先輩は呟く。そして歩調の合わなくなった後輩に合わせて足を止めた。
「妹なんかいないけど。誰からそんな嘘聞いたの?」
「…え?」
「高埜さぁーん!」
目を丸くした後輩とそれを見ていた先輩に、急にそんな声が聞こえてきた。後輩はそれが男の声だったことにドン引き、先輩の眉間の皺はもっと深くなる。
「おっはよー! 今日飲みに行かなーい?」
「行かない。月曜日の勤務前から何言ってんだお前」
女の自分ですら作った事もないしなを作って近付いてきた男性社員に思わず後退りした。言わずもがな、総務部の同級生である。挨拶も返されず塩を振りかけられても怯む様子もない。勿論慣れている。
「まだ怒ってんの? 謝ったじゃんー」
結構前の事だけれども、彼女を自分の部屋に初めて招いた日事件を引きずっている二人。というかまだ許していない。こんなふざけた態度で許せるか。
「じゃあコーヒー奢れ」
「え? それで良いの?」
「それを五年間毎日続けたら許すか考える」
塩。
「それって五年間許して貰えないし、その後も許してくれるか分からないってことじゃんか!」
「そうだよ。嫌ならいい」
はい。塩。
「そんなー」
「大体な。お前は暇かもしれないけれど俺は暇じゃないの。お前に割く時間なんかないの」
塩。塩。塩ー。
「ひどっ。前は誘えば応じてくれたのに! そんなにあの子が良いって言うの!?」
「当たり前だろ」
呆れた様にそう言い捨てて先輩はさっさと歩き出す…というよりも逃げ出す。けれどあっさり捕まったようだ。さっきまで自分がいたポジションを乗っ取って、同級生はまだぴーちくぱーちく言ってる。言葉は聞き取れないけど煩い。
それを見ながら後輩は供給過多な情報を整理した。あの人すご。高埜さんにあんな顔させたりあんなこと言わせたりするの? それで何で平気なの? 付き合いの長い相手には気を許すかもと思っていた自分の想像がしっかり当たっていた事も思い出せずに呆然と背中を見送った。
で? んんん? 高埜さん、妹いないって言った? じゃあ一昨日のは何? え? もしかしてあれ彼女だったの? 会話の流れでそう思い込んでいたけれど勘違いしてた? だったら話は変わるけど…あれ?
…えええ? 高埜さん、あんなに距離詰めるの? あれじゃ高埜さんが追ってるみたいじゃない。自分から気が逸れたら面白くなさそうな声で責めたり。まるで焼餅妬いてるみたいな。
…。
…あはははは。いやいやいや。とあまりのギャップに思わず笑ってしまう。そんな訳。
――そんなにあの子が良いって言うの!?
――当たり前だろ。
…あれー?
…えええええ? あれ、彼女の事? 彼女の事言ってたの? 何で照れもせずにそんな事が言えるのー!?
あっっま。塩だと思って舐めたものが砂糖よりもはるかに甘くて咽た。
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