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そうじゃなかった筈の彼の話2
「長屋君。久し振り」
と言った三咲を見て、不覚にも固まってしまった。凄く綺麗になってる。笑顔にも幸福感が溢れていて、特にどこが変化したとは言い表せないのに目を見張るほど変わっている。本当に可愛がられているんだと一目で分かった。
「? 長屋君?」
何も言わない自分を不思議に思ったらしく、首を傾げてもう一度三咲が呟いた。その声に我に返る。
「ごめん。ちょっとぼーっとしてた」
「出張二日目だもんね。大丈夫?」
体は全然大丈夫なんだけど。と、思いながら頷く。そして並んで一緒に歩き始めてから彼女には気付かれないように堪えきれなかったため息をついた。彼女を見て心底後悔した。自分はあいつよりも先に三咲と出会っていたのに、と。物理的な距離なんて関係ない。出会いの順番と一緒だ。どこでそのチャンスをものにするかだけ。
三咲の事を、ずっと良いなと思っていた。新人研修で一緒に過ごした時からずっと気になっていた。だから時折連絡をして、滅多に無いけれどこうして会う事ができそうな時は声をかけてもいた。彼女はそれに応えてくれる。少なくとも嫌われてはいないだろう。だから、もしかしたら自分にだってチャンスがあったのかもしれないのに。
…いや、やめよう。
首を振って邪な考えを振り落とした。何を考えているんだろう。自分は今日、もしも三咲に恋人がいなかったらきっと何もせずに別れていた。こんなに惜しいと思うのは、彼女が恋人のおかげで劇的に変化していたからだ。そうじゃない彼女に告白する勇気も無かった癖に、今更何を馬鹿なことを考えているのか。
「三咲」
「ん?」
「高埜さん、格好いいよな」
「えっ?」
その言葉に赤面して彼女は目を丸くする。
「え? な? 何? え? 何で?」
それを見て気付いた。あー、そっか。今頃先輩方がシメているであろう同期の愚行を知らないのか。
「付き合ってるんだろ?」
本当に本当に、微塵とも言えるくらい僅かに、それを否定する言葉を期待していたのかもしれない。馬鹿な聞き方をしたなど言ってから気付いた。そんな事をすれば傷付くのは自分なのに。
「う…うん…」
「格好いいだろ?」
三咲はその言葉に暫く沈黙していた。けれどやがてこくんと頷く。照れてる。
「高埜さんて、三咲にはどんな感じなの?」
「え? ど…どんなって…」
もじもじ。してから困ったように三咲は呟いた。あー。本当に悔しいな。彼女にこんな顔をさせるのか。赤面とか動揺させたりするのか。恋をしたら彼女がこんな風になるって知っていたら。
…いや。あー…無理だな。その考えをまた頭を振って振り落とす。
「…えと……ええと……なんか…スマートな感じ…」
そうだよな。と、小さく頷く。確かに高埜こそクールに見える。あまり物事に執着しなさそうな印象だ。でもな。その男がお前にベタ惚れなんだぞ。
「嘘つけ」
だから思わず言い返した。
「すげー甘やかされてる癖に」
「え…あ…」
…何で…。と呟いて彼女は真っ赤になった。図星か。ちっ。分かってましたよ。くそ。そうじゃなきゃこの子がこんな風に変わる訳がないんだ。本当に自分の馬鹿野郎。高埜が変えた彼女が欲しいだなんてどんだけ愚かなんだ。目を覚ませよ。もしも彼女を奪えたとしても、この彼女のままではいさせられない。あー。本当に悔しい。何が悔しいって高埜に負けてる自分が悔しい。
そう思って気付いた。そうか。自分はそれが悔しかったのか。やっとこの嫉妬の理由を見付けてすっきりした。
「甘やかされてるんだろ?」
「…ううう…」
言葉よりも確実な返事を彼女はしてくる。ずりーなぁー。そんな感じないのに彼女には優しいとか嬉しいに決まってるじゃん。
…いや、違うな。あの人、彼女にベタ惚れなのを隠しもしなかった。わざわざそういう自分を作っている訳でもないんだろう。そういうところが格好良いっつーんだよ。自分の僻みを綺麗に躱された事も思い出してやっぱり悔しさが止まらない。でも三咲を取られたのが高埜で良かった。ここまで完敗ならいっそ清々しい。
俺は、見る目はあるってことだ。とりあえず最後に自分を褒めといた。
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