829人が本棚に入れています
本棚に追加
そうじゃなかった筈の彼の話3
「そもそも個人情報を勝手に流してくるとか馬鹿なの?」
「あう…」
「あんた、どこの部署にいるのよ。同僚として恥ずかしいったらありゃしない」
「そ…そんな言い方しなくても」
あー。楽ちんだわー。と、同期の説教を聞きながら美味い酒を飲んだ。芋づる式に、同級生が彼女に僻み連絡をしまくっていた事実が判明。彼女も迷惑をしていたらしい。ログ吸い出して出すとこ出すぞこの野郎。から始まって、大体仕事中に何をしてるんだ。そもそも…という説教が止まらない次第。まぁ、仕事自体はちゃんとしてるみたいだから今回は見逃してやるけど、人のことを拡散するのは本当に止めてくれ。
それに気付いたのかもしれない。怪訝そうな顔で同期はこんな事を呟いた。
「…ねえ。まさかと思うけど、私以外にはあんな連絡してないわよね?」
「え?」
そう言われた同級生は驚いたように顔を上げた。が、何か気付いたように視線が揺れる。
訪れる沈黙。逸れる視線。
…え?
「嘘だろ?」
「だって皆が知りたがるから」
「私は知りたがってないけど」
「ここは総務部のよしみで」
「勝手に巻き込まないでよ」
「他にどこに連絡したんだよ!」
「えーっとー」
四国支店のあの子と福岡と名古屋と…と、全国各地の同期の名前がすらすら出てくる。
「お前…ふっざけんなよ!」
何で無駄にコミュ力が高いんだこいつは!
「だって盛り上がるんだよー。あーんなにやる気の無い高埜にも彼女ができるんだー! って」
「あ、それは私も思った。彼女作るとか意外って」
「だろ?」
「だろ? じゃねえ」
「クリスマスもさ。デートとかプレゼント、ちゃんとしたのかなーってわざわざ向こうから連絡来たから、最初はクリスマスのクの字も無いみたいって返信したら『らしいー!』って盛り上がったんだけど、こいつに確認してから、やっぱりいちゃいちゃで過ごしたらしいぞって追い連絡したらそれはもうお祭り騒ぎですわ」
そのことを言った時には激怒してた癖に、この野郎。それに何楽しそうに話してるんだよ。自分の立場をもう忘れたのか?
「そうなんだー」
「もう言いなりですよ。彼女の行きたいところに行ってプレゼントも貢いだんだってぇー」
「へぇー」
へぇー。じゃない。そっちに行くな。そう思っていたら彼女はこっちを向いてこんなことを言う。
「こりゃー悪質ですわ。通報待ったなし」
「えーー!!!???」
「えー!? じゃないでしょ。情シスに喧嘩売るとか本気?」
「それは職権乱用じゃない!?」
まだこっちに噛み付いてくんのか。むかつく。やっぱり痛い目に遭わせないと分からないみたいだな。情シス舐めんなよ。
…とはいえ…。
「俺の管轄じゃないから面倒なんだよなぁー」
「じゃあ管轄にチクれば?」
「駄目ぇー!!」
と、女子みたいな悲鳴を上げる同級生。煩い。
「うちの情シス、すっげー怖いんだから! マジで止めて! 目をつけられたら死ぬ!!」
「死ねば? 自業自得じゃん」
「高埜さーん!!」
うーん。と、思わず唸った。本音ではチクりたいけど、こいつの管轄本当に気が短いんだよなぁ…。私情で関わりたくない。
「何なら私が言って上げようか?」
「ちょっと! マジでやる気!? 止めて!!」
「え? そんなの無理だろ」
北陸支社から話回すとか、そこまで大事にしたくない。
「あ。そうか。私ね」
「ちょっと待ってったら! 本当に止めて!」
「煩い!! 自分で蒔いた種だろ!!」
ぎゃーぎゃー!! と騒いでいる二人の前でため息。煩いな。やっぱり友達止めようかなぁー。
そう思っていたらスマホが震えた。三咲からメッセージだ。今日はあっちも食事に行ってるんだよな。全然心配はしていないけれど、何で俺がこの二人と飲んで向こうが二人で食事行っているんだ? と急に面白くなくなってきた。ともあれ。何だ。どうした。と、メッセージを開いて目を疑う。嘘だろ? あの野郎。
「おい」
と、同級生の涙の訴えを邪魔して同期を呼ぶ。本気で泣いてるけど無視無視! ん? とこっちを向いた彼女にスマホの画面を見せた。
「これ、どういうことだよ!!」
「え? 何」
そう言いながら三咲のメッセージを見て同期は笑った。
「そうそう。そうなの。うちら二人、来期から本社に来るから宜しくね」
――長屋君が「ご挨拶遅くなりましたが夏から本社勤務になるので宜しくお願いします」って言ってます。
「何で」
「長屋君、ずーっと本社希望していたみたいだよ? 今回希望が通ったんだって。で、期が変わるタイミングで」
本社希望? と言いかけて意味ありげな彼女の笑みに悟った。そういうことか。
「でも心配いらないってー。昨日完勝でしたよ。高埜さん」
「裏切者」
「あ。酷い」
「酷いのはどっちだよ」
「だって、まさかあの子があんな事思ってるなんて私も昨日まで知らなかったんだよー」
まぁ、いいけどさ。だからと言って何が変わる訳でもない。事前に知ってたとしても今日行くなとも言わない。でも昨日、釘を刺しておいて本当に良かった。
…ちょっと待て。うちら二人?
「え? 一緒に来るの?」
何で? と思いながら聞いたら彼女は楽しそうに笑った。
「結婚するんだー。旦那さんになる人がこっちの人だから、私はすんなり異動願い通ったよ」
「結婚するのー!?」
と、叫んだのは同級生。煩い。本当に煩い。
「だからさっき異動してきたら私がチクってやろうかって言おうとしたのにこの人邪魔するから」
「あ。凄い他人行儀。って言うか結婚するなんて聞いてない!!」
「言ってないし。ここで楽しく飲みながら言おうと思ってたのに、まさかこのタイミングでカミングアウトになるなんて最悪」
「おめでとう」
「ありがとう」
後で聞いたらその挨拶の為に今日、本社に二人で来たそうだ。そうか。冷静に考えてみれば総務経理が遠方からわざわざ来るなんて普通ではありえないよな。それで同級生は同じ部署なので異動の話までは知っていたらしい。理由は知らなかったみたいだが。
「皆、俺を置いて幸せになるのかよー」
「仕事中に会社の回線使って人の恋バナで盛り上がっているようじゃねぇー」
「真っ当な意見過ぎて反論できない!」
「っていうかね。話逸れてるけど、あんたのやってること端的に言ってヤバいからね!? 分かってんの!?」
「だってぇー」
「だってじゃない! やってることも話し方もお前は女子高生か!」
女子高生に失礼だ。代わりに謝っておこう。すいません。
「でも高埜さんはそんな俺を見捨てたりしないのよ」
「その自信、どっから来るの?」
「いの一番に見捨てるに決まってんだろ」
「何でー!!??」
何で? 理由? 本当に言わなきゃ分からないのかな。もう話すのも疲れてきた。
「私が来たらそんなの許さないからね!!」
「ちょっと息抜きするくらい良いじゃんー!!」
「あんたのはちょっとじゃないでしょー!!?」
もうこいつはお任せしよう。またぎゃーぎゃー言い始めたのを無視して「こちらこそ」とメッセージを送った。
最初のコメントを投稿しよう!