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そうなった二人の話1
「三咲ちゃん、初めまして。来栖です。突然ごめんなさいね。来てくれてありがとう」
「いえ。全然。こちらこそ誘って下さってありがとうございます」
そう言うと目の前でお姉さんは楽しそうに笑った。その隣に二人の紹介をしてくれた同期の長屋もいる。
金曜日。仕事の後。飲み屋のテーブルには上記の三人。何でこんな事になったかというと、昨日長屋から社内のチャットでメッセージが飛んできたことから話は始まる。
「三咲。お疲れー。明日の夜暇?」
夜? どうしたんだろ。そう思って恋人を思い出す。金曜日は、お互い用事が無ければ少しでも会う事が通例化してきたけれど。
高埜さん、明日は残業だって言ってたな。だから暇…だけど。
うーん。と、ちょっとだけ迷った。暇だと言えば前の様に飲みに誘われるかもしれない。以前はあまり気にしなかったけれど、今は男の人と二人で食事に行って良いのか考えてしまう。行くと言えば止められなさそうだけどそれで良いのだろうか。こんな風になってつくづく思う。恋人がいるからとかじゃなくて、その人とどういう関係かでこういう事も変わっていくんだな。そんな事を考えながら返信を迷っていたら、それを見越したみたいな追加の連絡がぴこんとやってきた。
「もしも暇なら、俺と一緒に北陸支店から異動してきた総務のお姉さんが三咲に会いたがっているから一緒に飲まない? 高埜さんも知ってる人だし、そっちから高埜さんにも聞いてみるって言ってたよ」
おや? それを見て一気に安心した。高埜さんは来れるか分からないけど、これなら行くって言っても良いよね。と、その返事をした。仕事の後に確認したら、やっぱり向こうにも同様の連絡が来ていたらしい。お姉さんは良い人らしいし、仕事が終わったら自分も行くよと言われて笑顔で頷いた。
そんな訳で先に三人で飲んでいる。二人は仲が良さそうだけど恋仲ではないらしい。お姉さんはもうすぐ入籍予定だとか何とか。素敵。おめでとうございます。
「三咲ちゃん達はそういう話出ないの?」
「え? そういうって…?」
結婚? って事?
「い…いえ。あの…全然…」
あまりそういう事を言われ慣れていないせいで、あっさり赤面してしまった。その顔に同期とお姉さんはそれぞれの反応を見せる。
「かーわいいー」
「ちっくしょーっ」
畜生? そう思いながら同期を見たら机に伏せている。気にしないでいいよーとばかりにお姉さんの声が聞こえてきた。
「そっかー。いずれ二人がしたいと思った時にできると良いね」
え。そんな事あるかな。高埜さんと私が? でも、本当にそんな時が来たら嬉しい。
…えへへ。と、隠しきれなくて笑ってしまったら何故か同期は肩を落とし、お姉さんは盛大なため息をついた。
「凄い素直じゃん。どこがクールなのよ。あいつ、本当にガゼネタばっかり送ってくるんだから」
ん? 何でしょう。と、その独り言に顔を上げたら、目の合ったお姉さんは苦笑いをしてこんな事を教えてくれる。隣で同期は何故か酒の進みが早い。がぶがぶと飲んでお代わりを注文している。大丈夫かしら。
「私の同僚がね。『高埜にクールな彼女ができたー』って愚痴メールを送って来たの。どんな子かと思ってたら凄い素直だからびっくりしちゃって」
「え?」
何それ。総務部というと…多分あの人だろうけれども。とすぐに思い当たる。知らない人にまでそんな事を連絡しないで下さい。恥ずかしい。
「本当にごめんね。私が謝る事じゃないんだけど、プライバシーの侵害だよね。この前高埜と一緒にこってり絞っておいたから。…って言っても、全然堪えてなさそうなんだけど」
「あ、だ、大丈夫です。お気になさらず」
この人は無関係なのにこちらこそ申し訳ない。それに自分もできる事が無いのでこの件は…というか、あの人の事は全部彼に任せよう。何か、暖簾に腕押しの感じがしなくもないけれども。
そんな自分を見てお姉さんは納得したように呟く。
「成程。確かにしっかりしてる」
「でしょ」
そう言いながらも何故か面白くなさそうな同期。不貞腐れてドリンクメニューを見ている。あれ。もうお代わりですか?
「本当にさー。あいつこそ三咲ちゃんの半分でもしっかりしろって話なのよね。もう女子より女子だもん。甘ったれだし噂話大好きだし全然可愛くないのに寄り掛かってくるし、何だかんだ憎めない奴だけどもうちょっとどうにかならないかしら」
凄い言われよう。…だけれども自分の恋人が何度か本気で切れていたことを思い出す。うん。きっと仰る通りなんでしょう。
「同感っす」
「…んー…。でも、あれは逆に男で良かったかもね。女だったら余計にウザいかも。想像しただけで寒気を感じる」
「うん。それもそうですね」
近くで働いている同期は躊躇いなく大きく頷いた。あの、酔ってます?
「女子だったら何が大変って高埜が大変だったろうねー。あの子、高埜大好きっ子だもん。今以上に付き纏うのが目に見えるわ」
「本当に大変だったでしょうねぇー。…やっぱり女だったら良かったのになー」
え? 何で? きょろきょろと二人を見ていたらお姉さんは吹き出した。
「大丈夫大丈夫。男でも女でも高埜は全っっっ然タイプじゃないから」
「俺も無理っすわ」
「あんたら好きなタイプが似てるもんね」
「ちょっとーーーー!!」
「あははー」
と、何やらまた訳の分からない話をしている。首を傾げていたら流石に置いてけぼりにしすぎたかと苦笑いをして、お姉さんはこんな事を言った。
「三咲ちゃんはさ。お酒で失敗したことなんかないでしょ? うちの同期、飲み会でほぼ毎回やっちまってるから。そういう意味では、あの子から見た三咲ちゃんは確かにしっかり者なんだろうねー」
相手にしてみれば何でもない筈の会話だった。自分にとってもほんの数日前までは。
…けれども。
お酒の失敗。ですか。
「あ…と」
ええと。お酒。やっちまいました。ごめんなさい。私、本当はそんなにしっかり者じゃないんです。実はつい先日…。と、言ってしまいそうになったのを他の声が急に遮ってくる。
「お疲れー」
あ。高埜さん。と、顔を上げたら動揺しているのに気付いたらしい。不思議そうな顔をした後、対面の二人を見たけれどこっちは何ともない様子。
「お疲れ様です」
「お疲れ様ー」
と言った二人に聞いてみた。
「何の話してたの?」
「三咲ちゃんには悪いけれども愚痴ですわ」
あいつがあーでこーでという話をしていたと同期は言う。んー? それで何でこの子はこんな顔をしてるんだ? と思ったら最後に彼女はこう言った。
「三咲ちゃんみたいにしっかりしてればお酒の席で失敗することもないのにねーって話してたの」
あ。成程。察して彼女を見たらすいませんすいませんすいませんと目で訴えかけてくる。あの、ちゃんと本当の事言いますから。とばかりに覚悟を決めた様子で二人を見るから待て早まるなと慌てて止めた。
「あいつがああなのは今に始まったことじゃないじゃん」
「ずっとそうだからどうかと思ってるの」
「それで? 面倒見て上げるつもり?」
「ご冗談を」
「じゃあ放っときなよ。っていうかあいつ、構うともっと調子に乗るぞ」
全くその通り。返す言葉もなく三人は黙った。
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