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そうなった二人の話2
「高埜さん…あの…すい…すいません…でした…」
解散して駅に向かう途中、暫く無言だった彼女が呟く。
「何が?」
「お…お酒の失敗…言わなくて…」
えー? やっぱり言うつもりだったのか。彼女はあまりこういう経験が無いんだろう。真面目な性格からも別に意外ではないけれど…。
「何て言うつもりだったの?」
「お酒の失敗ありますって…」
「どんな?」
「え? …あの…よ…酔って…」
「酔って? どうしたの?」
「…ええと…どうした…」
「三咲って酔うとどうなるの?」
「…」
言えば普通に返ってくるであろう言葉を言っただけで真っ赤になって固まった。ほらね。言えないでしょうが。本当に迂闊だな。でも、そういうところに安心もする。本当に今まで酒の失敗なんてしていないと分かるから。
「別に言う必要なくない?」
「で、でも…皆さんに嘘ついて…」
本当に真面目。まぁ、しっかり者だと言われれば罪悪感は感じるか。でもさ。
「そもそも失敗してないじゃん」
「え?」
自分を見上げた彼女の髪が心地良い風に揺れた。クリスマスに、冷たい風に肩を竦めていた彼女を思い出す。季節が変わって二人も変わった。
「俺の前ではまた酔っても良いよって言ってるんだから」
そう言ったら彼女の顔がさっきよりもみるみる真っ赤になった。そうそう。まだ失敗はしてないんだから気にすることはない。
「今も酔ってるの?」
「え? よ、よ、酔ってません! ません!」
慌てて首を振った彼女に笑った。そう。
「残念」
そう言って笑った彼を見ていた。こんな自分を許してくれて、そんな事まで言ってくれるんだ。心がふんわりとした甘さを感じた気がした。
「明日はどうする?」
あっさりとその話を終わりにしてくれた彼が言う。まだ終電までには少し時間があるけれどもう遅い。就寝時間を考えても朝からは辛いですかね。そう伝えたら「そうだね」と呟いた声がこんな事を言う。
「じゃあ昼過ぎに落ち合って、うちでのんびりする?」
誘ってくれる度にいつも思うけれど、自分がプライベートな部分に入ることを許してくれて嬉しいな。
「はい」
と、正直に笑って頷いたらその顔を見た彼も笑う。
「俺の部屋、居心地良い?」
「はい」
少し緊張感があることは否めない。けれどそれは自分が持っていようと意識している物であって彼のせいではない。それでも居心地が良いと本気で感じるほどあの空間は自分に優しい。ううん、この人が優しい。その彼がこんな事を言う。
「じゃあ一緒に住む?」
…。
「え?」
と呟いて彼を見上げた。その顔を見て彼は笑う。
「どうする?」
「…え? と…あの?」
一緒に住む? どういう意味ですか? 同棲? 結婚? 冗談? 本気?
…そんなのどうでも良くない?
と、自分の心が勝手に答えた。冗談でもそんな事言ってくれるの嬉しい。返事なんて決まってる。…けど。
ふと、彼の同級生の言葉を思い出す。本当は部屋に人を入れるの、好きじゃない。んですよね? だとしたら返事次第では、何か…。
「どうしたの?」
言葉に詰まってしまったら不思議そうな声が聞こえてくる。正直に困惑した顔を見せたらそれを見た彼は笑った。
「真面目だなー。三咲は。本当に。こんなの『いやいや。それは結構です』とか『そんなに言うなら住んで上げても良いですよ』って答えれば良いのに」
あ。何だ。特に深い意味は無かったんですね。それが分ってほっとした。
「そうですか。あの…じゃあ…はい。お願いします」
そう言ったら彼は、何故か驚いた顔してこんな事を言う。
「…お願いしますって、一緒に住むって事?」
「はい。…あ、すいません。面白いこと言えなくて」
「いや、それは期待してない」
「そうですか」
ですよね。そう言って顔を見合わせて二人で笑った。
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