そんな事想像もしてなかった人の話1

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そんな事想像もしてなかった人の話1

「ちー!!!」 「ぎゃーーーっ」  おっと。泣き叫ぶ我が子がよちよちと歩いてきて倒れこむように足にしがみ付いてきた。何やってんの。全く。 「はいはい。怖いですねー。不審者不審者」  低いだみ声で追ってくる父親に向かって言う。お前の事だよ。お前の。 「おい」 「そういう事すると嫌われるよ。本当に」 「子どもってこういうの好きじゃないの?」 「少なくともちーは好きじゃない」  見てれば分かるだろ。と思いながらはっきりと言ったらガーンと青ざめている。そんなに予想外だった? そっちにびっくりだわ。  そう思っていたら机の上に置いたスマホが震えた。まだひっくひっく泣いている子どもをよしよししながらメッセージを開く。…おや? 「おにい」 「何」  本気で凹んで体育座りをしているおにいにスマホの画面を見せた。 「どうする? これ」 「あん? …何で俺に聞くの」  妹から、今度の土曜日に家に行っても良いかのお伺い連絡。自分に確認なんかしたことないじゃん。予定も無いし。急になんなのさ。 「じゃあOKするわ」  ててて、てん。送信。 「あいつ、土曜日来るの珍しいな」  最近はとんと来なくなっていたのに。それでも平日に来たりしてるみたいだけど。 「彼氏さんとのデートが忙しくなったんじゃない?」  クリスマスから明らかにおかしいもんね。ありゃーラブラブしてるぞ。間違いない。そう確信しながら返ってくるメッセージに返信を続けると、おやおや、あらあら、そうですか。なメッセージが届いた。 「え? あいつ彼氏いるの?」 「いるよ。ついでに言うと土曜日来るよ」  若干フライングしながら「いいよ」と送信。 「えーーーー!!!??? ついでに言うことじゃねえ!! 先に言ってよー!!!」  と叫んだら、冷静な妻は真顔でこう言った。 「それで返事変わるの?」 「変わらないけれど心の準備が」 「土曜日までにすれば良いじゃん。別に五分後に来る訳じゃないんだから」 「…ソウデスネ」  ぐうの音も出ねえ。そう思いながらおにいは頷いた。  さて。当日。お掃除してお茶とお菓子の準備して。と、指さし確認していたらおにいの声が聞こえてきた。 「なぁ。あいつの彼氏ってどんな奴?」  え? 今? あともうちょっとで来るのに今? その質問するのに今日までかかったの? 心の準備ちゃんとできてんの? 「知らない」 「知らないのか」 「会社の人で、優しくて格好良いらしいよ。あと年上」 「知ってんじゃん」 「これしか知らない」 「優しくて格好良いって…あいつどんだけミーハーなんだよ。大丈夫か?」 「大丈夫じゃない?」  抱っこ。と主張してくる子どもを抱き上げて呟く。 「初めてのクリスマスにデートぶっちぎってちーの服を買いに行くの付き合ってくれたらしいから」 「何それー!!!」  そう。おにいは何も知らなかった。雪だるまを貰っても「とっても可愛い」で終わりにしていた。妹のいつもの貢ぎ物だと思っていた。そんなことしてたのー!? 「え? 今日苦情言いに来るんじゃないよね? お宅の妹さんどうなってるんですか? とか」 「それは否めない」 「親の方に言って欲しい」 「ちーの親は?」 「あ。俺だ」  そういうこと? 子どもを持つとこんな事にまで責任が生じるの? と、頭を抱えているおにいを呆れた顔で見ている妻。そんな訳ないじゃん。と言ってやりたいけれども勝手な事は言えない。でも、薄々予感はしてるんだよね。一緒に来るって事は結婚が視野に入って来たからじゃないの? と。  そんなカオスな状況にインターフォンが鳴り響いた。 「はーい」  そう言ってドアを開けるとてれってれな親友とその彼氏。本当に来た。当たり前だけど。と思いながらにっこり挨拶をする。 「いらっしゃいませ。初めまして」 「初めまして。高埜と申します」 「どうぞどうぞー」  と、中に入れるとぽかんとしているおにいとちー。やべえ。本当に格好良いのが来た。と顔に書いてある。ちょっと!! 「おにい!!」  と小声で呼んで小突くと出かけていた魂が戻ったらしい。 「あ、ど、どうも。妹がお世話になっているそうで」 「いえ。こちらこそ。いつも妹さんにお世話になっています」  うわー。スマートー!! と、悶えていると抱っこした我が子がもぞもぞ動いている。 「ちーたん! ちーたん!!」  と、早くもがやつく現場。とりあえずあの子に渡しておけとばかりにちーを貸して上げた。  するとすん、と治まった幼児はじっと隣の彼氏を凝視した。あれ? 初対面の男の人とか大丈夫かな? と、その他三人はそれぞれの構えをする。 「…」  じいぃーーー。ちーの視線は母親へ、父親へ、自分を抱っこしている叔母へ。それから彼氏へ。停止。…あれ?  そう思っていたらちーは彼氏に手を伸ばす。抱っこ移動の気配。え。嘘。と、全員が思った。 「え? っと? あ、触って大丈夫ですか?」  と言いつつ思わず出した人差し指を握られて彼氏困惑。姪っ子が自分から去っていく気配を感じた叔母愕然。 「大丈夫です…けど…」  何で。ちー、お前、俺にだってそんなことしたことないじゃん。とショックを受ける父親。 「全然気にしないで下さい。ちー。抱っこして貰う?」  ちー。お前の審美眼は間違っていない。煩い父親よりも静かで格好良い先輩の方が良いよな! とあっさり理解をする母親。 「やだー!!」 「むー!!」  抵抗する叔母に抵抗する幼児。こら。止めなさい。貸しなさい。と、母親は子どもを取り上げてさっさと彼氏に渡した。 「あー。ちーたーん!!」 「…」  じ。叔母の叫びなど無視して彼氏凝視。さすがにこの状況大丈夫なのかと少し引く彼氏。駄目かな? やっぱり泣くかな。と構える親の前でぺったぺったと一通りの調査を終えた幼児。よし。とばかりに抱き着いた。  嘘ーーーー!! とショックを受けるおにい。  ちーたーーーーん!! とやはり別のショックを受けるその妹。  さすが私の娘! と自画自賛のその親友。  うーん…。と、少し困惑した表情をしたものの、よしよし、と背中をとんとんする彼氏。こんな初対面だった。
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