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「は? ……いやいや、やめとけって。さっきのは冗談だから。俺が言うのもなんだけど、タバコなんて百害あって一利なしで……」
最後まで言葉を紡げなかった。目の前の雨宮が、さっきまでとは別人のように真剣な顔をしていたからだ。とても臆病者とは似つかない、何かを決意したような顔。
「雨宮?」
彼女は大きな一歩で俺との距離を詰める。直後、唇に柔らかな衝撃が走り抜けた。
雨宮が一歩後ずさる。数秒ののち、ようやく状況を理解した俺は指で自分の唇をなぞった。少しだけ震えていた。
「……苦っ。タバコの味は、これが最後でいいかな……」
そう言い残し雨宮は駆けて行った。一度も振り返らず。俺は、呼び止めることができなかった。
「……誰が陰気だよ。失礼な」
一人残された臆病者の嘆きが冷たい地面に転がった。太陽もちょうど地球の反対側へと完全下校を終え、暗闇と静寂が嬉々としてダンスを始める。
カラスも。部活動の声も。先生も。もう何も見えない。何も聞こえない。
最後の魔法は今、解けた。
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