最後の魔法

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「は?」  冬場のアイスより冷たい雨宮の声がする。俺の肩は緊張でビクンと跳ねる。  まずい、まずいまずい。このままでは、職員室からの校長室コースまっしぐらだ。なんとかせねば。  俺は慎重に雨宮の次の出方を窺う。雨宮もまた慎重に何か考えるよう顎に指を当てた後、なぜか急にこっちに向けてずんずんと歩き出し、俺の約一メートル隣まで来て、止まった。  腕組みをし、校舎の壁に背中を預ける雨宮。苔むした壁と厚手の冬服生地が擦れ、ズザッと音を立てる。乱暴な制服の扱いだと思った。まるで、明日には雑巾にするからもういいんです、とでも言うような。  ……いや、そんなことより。  これは一体どういう状況だ? 悩んだ末、俺は尋ねた。 「え? まさか、本当に吸うの?」 「馬鹿、違うし」  速攻で否定の言葉が飛んできた。また対応を間違えたかと絶望する俺だったが、おそるおそる雨宮の顔色を窺うと、彼女の顔にはなぜか、悪巧みする子供のような笑みが浮かんでいる。 「心配しなくても、先生に言いつけたりなんかしない。その代わり……なんでタバコ吸ってたのか、理由を教えてよ」 「は!? な、なんで」 「学年一位の秀才君がどういう経緯で非行に走ったのか、純粋に気になるから」  雨宮がキラキラした瞳をこちらに向ける。俺は唖然とした。ただのクラスメイト(優等生ではあるが)がタバコを吸う理由が、そんなに気になるものだろうか。  ただ正直、黙っていてあげようという申し出自体はありがたい。このことがあの人に知れたらと思うと、恐ろしくてチビってしまいそうなぐらいだ。    だけどそれと同じくらい、喫煙の理由を他人に話したくないと思う自分もいた。なぜならそれを言うこと自体がすでに、あの人に逆らうことと同義だから。  八方塞がりの状況下、俺は口を噤むしかなかった。 「ねぇ、早く。教えてくれないの?」 「……」 「教えてくれないと、先生に言いつけちゃうよ?」 「……」 「お願い! どうせ、いいでしょ?」 「……最後?」  その言葉で俺はふと思い出す。そういえば、雨宮はこの四月から東京の高校に転校するとかなんとか、担任の先生が言っていた気がする。  つまりだ。俺がどんな秘密を打ち明けようと、雨宮はすぐに引越して居なくなってしまうわけだ。それまでほんの少しの間黙っていてくれれば、ここで話したことが他の誰かに知られることはない。  無論、あの人にも。 「ちなみに引越しは来週だけど、学校に来るのは今日が最後」  こっちの企みを後押しするように雨宮が言う。  俺は思った。話してしまった方が良いのではないか。少なくとも、ここでタバコを吸う理由を隠して先生に告げ口される方が、よっぽど目も当てられない。 「……分かった。話すよ」  俺は重い口を開いた。 「別にタバコが吸いたかったわけじゃない。ただ、喉を壊したかったんだ」
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