最後の魔法

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「好きな人」 「うん、好きな人。高校に入学してすぐ好きになったから、もうすぐ片想い三年目」 「どんなやつ?」 「いつも教室の隅でイヤホン挿して、教科書と睨めっこばかりしてる、陰気な人」 「陰気って、ひでぇな。好きな人なんだろ?」 「でも、素敵な人だから。プリント回されるとちゃんと『ありがとう』って言うし。ドッジボールでは女子を絶対狙わないし。隣の席だった時は、消しゴム忘れた私に自分のを半分に切って渡してくれた。  ほとんど話したこともないけど、私は彼が好き。本気で、大好き」 「……そうか。でも、引越すからその人ともお別れになっちゃうんだな」  あまり深く考えずにこぼした俺の言葉に、雨宮は自嘲するような笑みを浮かべた。 「本当はね、引越ししなくても良かったの」 「え?」 「どうせあと一年だけだし、卒業までこっちで過ごしてもいいって親は言ってくれてたの。うちの学校は寮もあるし」 「じゃあ、どうして?」 「松木くんと同じ。離れて、物理的に無理になっちゃえば、諦められると思って。彼にアプローチする勇気なんて、私は持ってないから」 「……」 「情けないよね。本気で好きなんて言いながら、『最後だから』って免罪符がないと、誰かに打ち明けることもできなかった」  話し終え、俯いてしまった雨宮にかける慰めの言葉を探し、俺も足元の地面を眺めてみる。だけどそんなものが都合良くそこらへんに落ちているはずもなく、再び俺たちの間には沈黙が訪れた。 「私たち、案外似てるのかもね」  先に言葉を発したのはまたしても雨宮だった。顔を上げると、どこか憑き物の落ちたような彼女の表情があり、俺はホッとして小さく笑みで返す。  悪くないな、と思った。雨宮もたぶん、同じように感じていたんじゃないかと思う。  雨宮の言う通り、俺たちは似た者同士だ。  本当は手に入れたい物があるのに手を伸ばす勇気がない、生粋の臆病者。そのくせ諦める勇気もないから、諦めるしかない状況を必死に作ろうとしていた。  だけど結局、そんなのは無駄な努力だったのかもしれない。簡単に諦められるようなものならそもそも最初から好きになんてなっていない。心の底から際限なく湧き出る「好き」という感情に一時的な蓋をしたところで、いつか溢れてしまうだけ。  実際今。雨宮の引越しによる「これで最後」という状況が、俺たちの好きを溢れさせた。いや、もしかしたらお互い、最初から誰かに本心を話したかっただけなのかもしれない。  どちらにしても悪くないな、ともう一度思う。たとえ素直に本心を打ち明けたところで諦めなければならないことに変わりはないのだとしても、雨宮とこうして話すことができて良かった。  自分の好きと向き合うことができて、良かった。 「ねぇ。どうせ最後ならさ、」  なんて、一人で感傷に浸っていたら、雨宮が唐突に言った。 「やっぱり知りたいかも。タバコの味」
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