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あれから一年。今日、高校を卒業した。
別れの涙を分かち合うような相手もいない陰気な俺は、一人あの場所へと足を運ぶ。
卒業式が午前中だけで終わり、まだ日が高いせいで影の一つもできていない、明るい校舎裏。今の俺を匿ってくれるものは何も無い。
あの日。ちゃんと話すのは最初で最後だと思った。だからこそ、赤裸々な胸の内を明かすことができた。
何かの偶然でほんの一瞬繋がっただけの心と心。断線しかけのイヤホンみたいに、繋がってラッキーぐらいの気持ちしかなかった。
……はずなのに。俺はまだあの日の雨宮とのキスを忘れられずにいる。臆病なはずの彼女が、最後という言葉を後ろ盾に踏み出してくれた、大きな勇気の一歩。
だからこそ、呼び止められなかったことを後悔した。彼女の勇気に俺は応えられなかったのだ。後悔して、後悔して、後悔して後悔して後悔して。臆病な自分を変えたいと初めて本気で思った。
「……ふぅ」
俺はケータイを取り出し、さっき登録したばかりの番号をタップする。手足が震え、全身から汗が吹き出す。口内からは逆に水気が失われ、歯茎と唇がくっつく。
こんなに緊張するのは半年前、初めてあの人に歯向かった時以来か。
「……もしもし?」
スリーコールの後、訝しげな声が耳に届いた。
「俺だけど。松木瑛太」
返事がない。永遠のような恐ろしい沈黙が五秒、十秒と続いた後、通話相手はようやく口を開いた。
「なんで、私の番号」
「クラスの女子に聞いた。雨宮と仲が良い女子は知らなかったから、片っ端から」
「うわ……よくそんな恥ずかしいことできたね」
「別に、恥かいたって関係ない。会うのはどうせ最後だから」
「そっか。どうせ最後か」
「だけど雨宮とはこれで最後にしたくない」
再び長い沈黙。今更連絡なんかして、やっぱりキモかっただろうか。
慣れ親しんだ臆病な自分がひょっこりと顔を出す。が、俺はなけなしの勇気でそいつを振り払う。この期に及んで気持ちに蓋などするものか。
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