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アマラの思考が停止した。
この女はなにを言っているのだろう。
想定外の事態に言葉をなくしていたところ、「あのー」と、遠慮がちな声が介入する。虚ろなまま声がしたほうへ顔を向けると、眼鏡をかけ、結わえた黒髪を肩に流した男がひとり、所在なさげに立っていた。
このアパートの住民だろうか。たしかに玄関口でする話ではない。
「お騒がせしてすみません、場所を変えますので」
「これ以上、話すことなんてないわ。騎士隊へ突き出すわよ」
「おいやめろよ、そんなこと」
「そうやって優しくするからつけあがるの。こういう勘違い女は、わからせてやったほうがいいのよ」
女の甲高い声がアマラの耳に突き刺さる。なんと言い返そうか考えていたところ、闖入者のほうが返事をした。
「僕は第三者の立場ではありますが、だからこそ見えてくるものがあると思います。皆さん冷静さを欠いているようですし、こちらのレディが申し上げたとおり、場所を変えませんか?」
「はあ? どうしてそんなこと」
「妻というのが本当であれば、このアパートが社宅として貸し出されていることはご存じかと思います。この状況を他の住人に知らしめるのはどうかと」
休日のお昼前、部屋で過ごしている者もたしかにいるだろう。
女がなにかを言うまえにデイビッドが同意。そうして一行は眼鏡の男が先導するまま、アパートの一階にあるレストスペースへ移動した。
ここは住人用の談話室。地方からの就職者も多いため、訪ねてきた親族の待ち合わせ場所にも使用されるし、ちょっとした打ち合わせができる個室もある。完全に遮断するわけではないが、魔力を流せば防音魔法が展開される仕様だ。
促されるまま入室した小部屋には、簡易テーブルと椅子が四脚。女とデイビッドは当然のようにふたり並んで座ったため、アマラは名も知れぬ男と隣合って腰を下ろすことになった。意味がわからない。
そこからは、ほぼ女の独壇場だった。
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