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「なんでここにいるんだよ」
「今日が引越しの日だから?」
「え、今日、だったか?」
狼狽したようすを見せた男に、アマラは訝しむ。
故郷から王都へやって来たのは、就職に併せて婚約者デイビッドと結婚するからだ。
引越しといえど、大きな荷物はすでにこちらにある。一緒に家具も決めて、一年前から準備していた。アマラのほうの事情で延びていたけれど、ようやく正式に越してくることになったのが今日。
文も送ってあるし、デイビッドの親からも連絡が行っているはずだが、忘れていたのだろうか。
なにはともあれ中に入れてもらおうとしたアマラの耳に、女の声が飛び込んできた。
「どうしたの?」
わかりやすく硬直した婚約者の背後、アマラが今日から住む予定であった部屋から女が姿を現した。
豊満な肢体を包むのは、体のラインを見せつけるような胸元の開いたワンピース。年齢は少し上だろうか。目鼻立ちのはっきりした美人で、なにかと平均的な自分とは正反対な女性だと独りごつ。
ゆっくり歩いてきた女はデイビッドの隣に立つと、アマラを見て首を傾げた。
「ねえ、ディビー。だあれ?」
「えと、彼女は」
「わかった。この子が例の、しつこく付きまとってくる年下の幼なじみね」
ひとり合点した女は、アマラを睨みつけてまくしたてた。
「いい加減にしなさいよ。勝手に盛り上がって、追いかけてきて。ついには押しかけ女房にでもなろうっての? これだから田舎者は。彼の爵位に目がくらんで現実が見えていないんじゃない? ここにあなたの居場所はないわ、彼はあたしと結婚するの」
「……誰?」
「彼女は、その」
アマラがデイビッドへ問う。
しかし答えたのは女のほうだった。
「あたしは彼の妻よ」
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