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車に揺られるというのは面白い体験だ。
ハセガネに進められるまま乗ってみたが、彼の言う通り「車に乗って人が移動するのは当たり前」とさえ認識すれば同じように乗ることができた。私のような存在はつくづく人間の認識にひっぱられるようだ。
「お荷物が無いので楽ですねぇ。そうそう、お引越し先はわが社の所有する家なのでゆっくりしてくださいね。いわゆる税金対策ってヤツでして当面売るつもりもありませんから。古民家でないのは申し訳ないのですけれど、いや古民家は人気なんでこちらは売らせていただきたくてね。しかし現代の家ってのも悪くないですよ。テレビはつけっぱなしで構いませんし、ほかにも・・・」
耳に入ってくる言葉は流れる景色とともに通り過ぎていった。
あらためて車窓から風景を眺める。山を下り遠くに見えるは広い海、街に入ればコンクリートの建物が立ち並び、道行く人々とすれ違う。近所の散歩程度では見れなかったものばかりだ。思えば外に出られることは分かってたのに、我が家から遠く離れることはしてこなかった。
外のことはテレビやネットののぞき見で知れるから構わない、と決めつけてたのはただの言い訳だろう。私は住み慣れた家から出るのが怖かったのだ。変化を嫌い、勝手知ったる自分の世界に籠っていたかった。だがいざ出てみればどうだ。何もかもが新鮮で、すべてが明るく照らされてるように見えて。
新たな住処はどんなとこだろうか、どんな生活になるのだろうか、と未来に胸躍らせている自分がいる。
キッカケは偶然だっていいじゃないか。
ほんのちょっと踏み出すだけで、一握りの勇気を出すだけで、新たな世界が待っている。引っ越しは新たな自分を探す旅でもあるのだ。
なんてね。
「ささ、着きました。どうです立派な家でしょう?」
長いドライブを終えてたどり着いたのは、郊外にある住宅街の一軒家。
豪邸とまでいかずとも部屋も多そうな庭付き二階建てで、モデルルームということで贅沢な作りになっているらしい。山の中の古民家と比べたら一気に未来に飛んできた気分だ。
二人して門をくぐり、ハセガネは玄関ドアを開けると「お入りください」と私を招き入れた。日光を取り入れた明るく広い玄関に思わずたじろいてしまう。ここが私の新しい住処・・・って、ちょっと贅沢すぎやしないか。
おそるおそるリビングに踏み入れると、そこには。
「あれぇ?ハセガネさん、新しい子を連れてきたの?」
座敷童。
の、男子。しかも私と同じく推定年齢19歳11か月のほぼ大人。ソファに座って両腕を背もたれに預けながら顔だけこちらを向けている。
「ええ、ご紹介しましょう。こちらは」
「あ、いいよ。あとで聞くから。俺ら時間はたっぷりあるし。」
和服だが胸元をワイルドに開き、ソファは自分専用と言わんばかりに広く足を組んでいる。ウルフカットの髪、シュッと整った顔つき、大柄な体つきでいかにもなオラオラ系だ。そういえばハセガネは他の事例だの座敷童さんたちだの言ってたが、こうゆうことか。
しかしこんなヤツと一緒に住むなんて聞いてないぞ。のっけからぞんざいに扱ってくれちゃって、楽しい未来に期待を膨らませた私の引っ越しどうしてくれる。
「あなたね、初対面でそんな態度ーーーー」
そう声を上げた矢先だった。
隣の部屋から
「ちょっとー!お兄は私のものなんだから気安く話しかけないでよー!」
と座敷童(女性/推定年齢16歳/小悪魔ギャル系)が、
奥の階段から
「やれやれ嫉妬ですか。相手されてないってのにまったく。ま、新人さんも器量良しなので気持ちはわかりますがね。」
と座敷童(男性/推定年齢18歳/冷静沈着な眼鏡クールタイプ)が、
台所から
「みなさぁ~ん、ケンカはダメですよぉ~。久々にいらしたお仲間さんなんですし、仲良くしましょうねぇ~~」
と座敷童(女性/見た目だけなら20代後半/おっとり人妻属性)が、
庭から
「わー!キレーなおねーさんだ!ボク好きだなー!よろしくねーッ!」
と座敷童(男子/10歳と見せかけた14歳/マスコット的存在を装ったマセガキ)が、
本棚の陰から
「・・・・フッ」
と座敷童(性別不詳/年齢不詳/キャラ作りに失敗して引っ込みつかなくなった陰キャ)が、
ぞろぞろとリビングに現れた。
こうして私は、引っ越しを機に怒涛の座敷童シェアハウスに身を投じたのであった。
(おわり)
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