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ハセガネは相変わらず胡散臭さい雰囲気を醸してるものの、こうして会話できてる以上は本物と認めざるを得ないようだ。
彼はコホンとひとつ咳ばらいをしたあと、カフェ男と私を交互に見て、
「この眼鏡は他の人だと効力を発揮しないのですよ。要は霊感を強める装置なものですから、元からそれなりの霊感を持ってないとダメでしてねぇ。なのでわたくしからお話させてもらってると。それでね座敷童さん、このお客様はお若くしてコーヒー職人でして、海外の有名店での修業を終えて日本でカフェを開業しようと物件を探されてまして。和風と洋風を融合させたエレガントカジュアルなお店にすべく古民家を改築して」
「洋風ではなく『欧』風ね。ヨー、ロッ、プァ。」
プの破裂音でツバの飛沫が飛んできたので、私は身をよじって避けた。
物理的には当たってもすり抜けるだけでどうというものではないが、心理的には御免被る。こんな男と同じ屋根の下で過ごすなんてもってのほかだ。
「だから私に引っ越せって?イヤです。ここは私の家だもの。私がいるのがイヤなら他の物件あたってくださいな。」
「まぁまぁ、聞いてくださいよ。職業柄このようなことは何度かありましたが、座敷童さんたちは皆そのようにおっしゃいますね。けれども、人間社会というのは法によって動いておりまして、法的には座敷童さんのものではないのです。前にお住まいの方がわたくしの会社に売却して所有権が移りまして、今はわが社のものというわけです。」
「だから何?そうゆう仕組みは知ってますから。家から出たことないからって甘く見ないでよね。住んでる人のお話聞いたり、テレビとかインターネットを後ろからみてて最近のことも結構詳しいんですからね。」
「ええ、そのようですねぇ。現代の座敷童さんたちは皆さま賢くて頭が下がります。」
「それに私、別に悪いことしてないわよ。小っちゃい子は私のこと見えたりすることあるから一緒に遊んだりするけど、それくらいよ。座敷童を見たら良いことあるって言われるくらいだし、いいじゃないの。嫌がってる人が無理に住む必要なんてないじゃない。」
「はい、おっしゃることはよくわかりますが」
「なんかモメてんの?早いとこリノベェションの打ち合わせしたいんだけど。もう何個もイイ感じのアイディアが浮かんできちゃってね。」
と、フケを纏ったモジャモジャした髪に手をやりボリボリとかいては白い粉を床に落とす。
私はカフェ男を睨み両手を猫のようにしてシャーッと威嚇したが、こちらに気づくこともなくキョロキョロと室内を物し始めた。指でフレームをつくって片目をやって、上下左右に向けては「パシャーッ」「パシャーッ」と小さく声をあげている。
「・・・とまぁ、この建物がお気に召されまして。実のところもう契約手続きの真っ最中なのです。」
「ちょっと待ってよ。キャンセルよキャンセル!古民家カフェってやつ?しゃれこき気取ってんでしょうけど、そんなのすぐ潰れるわ。」
「しかしお客様のご要望となればねぇ。わたくしも商売人なのでお話を進めにゃならんのですよ。お引越しに同意いただけるようでしたらわたくしの方で次のお住まいもお世話いたしますが。」
「けどけど、そもそも私は座敷童さんなんだから引っ越しなんて無理でしょうよ。この家から出ることなんてできないわよ!」
「わたくしの経験からすると、そうとは限らないようですよ。生まれた・・発生したとでもいいましょうか。最初の家に居ることが多いようですが、あくまで愛着があるから居るだけで、出ようと思えば出られるみたいですね。そんな事例を何個か知ってます。座敷童もまた新たな住み方見つかればそちらに引っ越すことができる。いかがですか?」
「うっ・・」
相変わらず愛想笑いを続けているが、ハセガネという男はなかなか手強い。すでにそこまで知ってるとは。
彼の指摘はその通りだ。私は確かに住まいとしてこの家を出たことが無いが、正直言って近所をブラブラ散歩することはあるのだ。自分たちのような異形の存在がどのような法則で成り立ってるのか深く考えたことはないものの、この家に縛られるわけではないことは本能的に分かる。行こうと思えばどこにでも行けるのだ。彼の言う通り、好きでこの家にいるわけで。
しかし、だからこそ。
「・・・でも、こんなヤツに追い出されるなんて」
カフェ男はいつの間にか隣の和室で寝ころんでいた。
手足を大の字に広げて「古民家最高ゥー!」と叫んでいる。
その勢いでブッと放屁した。
「絶、対、イヤ!」
「では一緒に住むのは?」
「それもイヤぁああーーー!!」
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