あまあま 2

1/1
前へ
/17ページ
次へ

あまあま 2

 その後の私の周囲はしばらく騒がしかった。コンテストに乱入して皆の前でキスをしたのだ。目撃者は多く、すぐに学校全体の人たちに知り渡り、好奇の目で見られた。寧音は毅然とした態度で面白がる人たちをシャットアウトしていたから、すぐに私だけがイジられる対象になった。  コンテストは私のせいで全然盛り上がらなかったらしい。それはそうだ、私が乱入した時がコンテストの一番の沸点だったのだから。私以上のインパクトがある出場者がいなかったため、盛り上がらないコンテストに優勝者は気まずそうにしていたと聞いた。運営をしていた生徒会の人たちに出店のわたあめとチュロスを人数分持って行って謝罪をして、何とか許しを得て機嫌を直してもらえた。  翌日の文化祭二日目。最後まで機嫌が直らなかったのは礼ちゃんだけだった。それはそうだ、大嫌いな私に恥をかかされたのだ。しかし私は謝るつもりもなかった。今まで以上に礼ちゃんの私に対する圧や敵意は強く大きくなったけど、私も負けないくらい自信を持ち、臆することなく対抗出来るようになった。  二日目は出店の対応とイジってくる人たちをあしらうために一日中動き回った。しかも一緒にいると騒がれるから面倒くさいと寧音に接近禁止令を出されて辛かった。最終的には同じクラスなのに別で教室から出て再び昇降口で会うことで、一緒に帰るギリギリまで徹底して離れていた。  ようやく会話出来るとご機嫌で到着した昇降口には最も出会いたくない人がいた。礼ちゃんも私に気付いて、お互いにこれでもかと嫌そうな顔をした。すると礼ちゃんの視線はすぐに私の後ろへ移った。 「……寧音はこんなのが良いの?」  後から教室を出た寧音が私に追いついて、すぐそばに立っていた。 「こんなのって――」  何だよって、言い返してやろうとしたら、寧音が私の腕を組んで引っ張ってきた。引っ張られて驚いた私は話している途中で止まってしまった。何するの、って寧音に聞こうとしたら、それより早く寧音が口を開いていた。 「そうだよ。こんなのが好きな私はきっと、礼ちゃんと釣り合わないね」  寧音の言葉に礼ちゃんはポカンと口を開けて固まっていた。私も同じように口を開けたままで、寧音に引っ張られるようにしてその場を後にした。  自然と手を繋ぎ、しばらくの間お互い無言のまま歩いていた。じわじわとさっきの寧音の言葉が染みて来ていた。 「寧音かっこよかった……けど、こんなのって思ってたの?」 「言葉の“あや”だよ」 「そっか」    何だか簡単に丸め込まれた気もするけど、寧音が楽しそうにしているからどうでもよくなった。 「ねぇ晴琉ちゃん、久しぶりにデートしない?」 「うん。どこ行こっか」 「あのね、行きたいところがあるの」 「そうなんだ。どこ?」 「……内緒」 「え?なんで?」 「なんでも」 「えぇ~?まぁいいけど」  寧音が行きたいところってどこだろうか。考えながらも、寧音との会話を楽しむために、帰り道をゆっくり歩いた。電車に揺られて寧音が降りる駅に着くまでずっと当たり前のように手を繋いだままで、離れるのが名残惜しかった。  文化祭が終わり、寧音との関係がすこぶる良好になった私は浮かれていて、学校では礼ちゃんにその浮かれっぷりを疎まれるようになった。 「そのだらしない顔どうにかならないわけ⁉」 「あぁ何?羨ましい?ねぇ、礼ちゃん羨ましー?」  すっかり礼ちゃんに対して強気に出られるようになった私は、子どものような言い合いをするようになった。最初はざわついていたクラスメイトたちも次第に気にしなくなって、私と礼ちゃんの言い合いはクラスの風物詩になっていた。寧音は最初から我関せずといった具合で、言い合いの時は静かに本を読んで過ごしていた。 「あーあ、ステージでの先輩かっこ良かったのにな」  放課後の部活の時には朱里にも浮かれていることを呆れられていた。 「葵先輩みたいにほっぺゆるゆるになっちゃった」 「え゛」  葵が急に流れ弾を食らって動揺していた。 「私あんなひどい顔してる?」 「彼女さん来てる時はいつもそうですよー」 「えぇ……気を付けよ」  葵が本気で落ち込んでいるのを見て、さすがの私も緩んだ頬を引き締めて部活に臨んだ。  礼ちゃんと言い合いすることと、コンテストの件でイジられること以外は平穏な日々が続いていたある日のこと。 「お、晴琉ちゃん元気?」 「絶好調です!」 「憎たらしいくらい笑顔だねぇ」  休み時間に職員室へ行って、教室に戻ろうとしたら偶然志希先輩と出会った。受験も近づいて来てピリついている先輩たちが増えるなか、志希先輩はいつも通り余裕があった。今も楽しそうに私の両頬をムニムニと掴んで遊んでいる。ふざけてばかりだから忘れがちだけど、先輩は近くで見ると近寄りがたいくらいの美人で、そのギャップが魅力的だった。 「あ」  じゃれていたら突然先輩が声をあげたから、何かと思えば先輩の視線の先には寧音がいた。廊下の奥からこちらへ向かっているようだった。 「わぁ!」  次に声をあげたのは私だった。先輩につられて寧音の方を見ていたら、突然抱き着かれたから、驚いて声が出てしまった。 「何ですか急に」 「何でもない。じゃあね~」  抱き着いたと思ったらすぐに離れた先輩は笑顔でどこかに行ってしまった。先輩の謎の行動を不思議に思っているうちに、私のそばに寧音が来ていた。 「晴琉ちゃん」  呼びかけられて振り返ると、寧音が機嫌悪そうに私を見ていた。 「寧音?」  寧音は私の問いかけに答えず、距離を詰めてきて抱き着いてきた。もうすぐ授業が始まるから廊下に人気はないけども。 「ねぇ晴琉ちゃん……」 「どうしたの?」 「晴琉ちゃんが志希ちゃんに触られるの、ヤダ」 「え?」  私が色んな女の子に囲まれても、黄色い歓声を浴びても、デートに誘われても、こんな風に嫌がってきたことなんて、なかったのに。 「……妬いてるの?」 「違う」 「そっか。ごめん、わかった。気を付けるから」 「うん……ありがとう晴琉ちゃん」  ちょっとむきになっている寧音はまるで姉に嫉妬する妹のようで可愛らしいと思ってしまって、頬が自然と緩んでいた。寧音は私にお礼を言うと体を離した。二人で教室へと急ぎ足で戻る。 「晴琉ちゃん」 「何?」 「最近ニヤニヤしすぎ。しっかりして」 「はい……気を付けます」  いつも通りの寧音にピシャリと注意されて、私は緩んだ頬を引き締めた。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加