じりじり 1

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じりじり 1

 寧音と約束していたデートはお互い予定が合わず、12月に入ってようやく実現することが出来た。結局どこへ行くかも教えてもらえず、ただ「綺麗な格好で来てね」と言われて、服の選ぶ基準なんて動きやすいかが重要な私は寧音が綺麗だと思うような服は持ってなくて、慌てて志希先輩に助けを求めた。たまにバイトでモデルをやっていた先輩に見立ててもらった服は最高におしゃれでかっこよかった。受験が迫る時期に後輩である私の為に時間を取ってくれて、「息抜きになった」と言ってくれた先輩には本当に敵わないと思ったし、きっと永遠に憧れてしまうのだろうなと思った。 「――すっ……ご……」  デート当日。ロングコートにジャケットに細身のパンツにきっちりとシャツを着て。いつもは派手めの色使いも抑えてシックにまとめた。自分至上一番上品な格好をしているのに、寧音に案内された場所に着いた私は、バカみたいな感想しか口から出なかった。 「え?ここ?」  昼に寧音の自宅の最寄り駅で待ち合わせをして、電車に揺られ、連れていかれた場所はホテルだった。見るからに高級そうで私はこんなところに泊まったことなどなかった。  ロビーに入ると煌びやかなシャンデリアに出迎えられた。周りをキョロキョロと見るのはかっこ悪いと思っても、あまりの豪華さについ当たりを見まわしてしまう。寧音がさっさと進むから、慌てて後ろをぴったりとついて行った。  エレベーターに乗って、二人きりになっても変に緊張してしまって私からは話しかけられなかった。 「ここね、志希ちゃんのパパがオーナーなの」 「え⁉」  あれ?確か先輩って、住んでるマンションも所有してるって話じゃなかったっけ。もしかして先輩ってすっごくお金持ちなのでは。 「着いたよ。どうぞ」 「すっ……ご……」  案内された部屋は広くて、綺麗で、私は相変わらず周りをキョロキョロと見渡してしまっていた。コートを脱ぐと、寧音に「かっこいい」と今日の服装を褒めてもらえた。志希先輩に選んでもらったことは黙っておいた。寧音はいつもとあまり雰囲気は変わらない服装だった。つまりはいつも上品なのだ。落ち着いた紫色のドレスを着ている。そしていつも以上に複雑に編み込まれた髪が綺麗だった。 「ここね、志希ちゃんの家族用の部屋なんだって」 「へぇ~。そんなものが……」 「それでね、今日は志希ちゃんに貸してもらったの」 「そうなんだ」 「……晴琉ちゃん、こっち来て?」  寧音に連れて行かれた場所はベッドルームだった。二人で並んで寝ても余裕があるサイズの豪勢なベッドだった。「ここ座って?」と言われたから指定されたベッドの端に座った。 「うっわ、すっごいふかふか!……えっと、寧音?どうしたの?」  ベッドの質感に感動していたら、寧音が座る私にまたがってきた。 「晴琉ちゃん……ちょっと無防備すぎない?」 「え?」 「両手出して」 「あ、うん」  状況がよく呑み込めなくて、私はただ寧音に言われるがまま両手を出した。寧音は手元にリボンを持っていた。私の両手をリボンで巻いていく。 「あのー……何を?」 「このリボンね、円歌からもらったの」 「へぇ。かわいいね」 「暴れてシワにしたらダメだからね?」 「え?」  寧音の行動をただ見守っていたら、私の両手はすっかりリボンでかわいらしく縛られてしまった。暴れようものなら私にまたがる寧音が後ろの床に倒れてしまうから、私はもう身動きがとれなくなっていた。 「ねぇ晴琉ちゃん……忘れていることない?」 「忘れていること?」 「うん。当てられたら、許してあげる」  寧音が私の首に腕を回して至近距離で囁いてくる。ここまでの情報量が多すぎて理解が追い付いていなかったけど、今の状況、とんでもないのでは?  ホテルで、二人きりで。ドレスを着ている寧音はいつも以上に艶やかで、私は身動きが取れなくて、バランスを崩して後ろに倒れでもしたら、ベッドで恋人に押し倒されている状況になってしまう。  順番に状況を理解していったら途端に心臓がドキドキし始めて、寧音が言う“私が忘れていること”を思い出そうとしても、頭が全然回らなかった。 「思い出せないの?」 「ヒントとか……」 「ヤダ」 「うぅ」  優しく問いかけられてはいるけど、許してあげる、ということは何か忘れてはいけないことなのだろう。思い出さないといけないのに、目の前の恋人のかわいい顔や密着した体の柔らかさに意識が向いてしまう。観念した私は寧音に許しを請うことにした。 「あの、謝りたいので、教えて欲しいです……」 「はぁ……プレゼント」 「え?」 「誕生日プレゼント、もらってない」 「……ああぁあ!!」  寧音の誕生日は7月だ。あの時は大会が近くて準備が間に合わなかったから後で渡すって約束をしていた。今はもう12月……。 「葵ちゃんの誕生日の時に思い出してくれるかなって、思ったのに」  葵の誕生日は11月だ。なんだったら私は寧音に葵へのプレゼントの内容を相談していた。私の隣で葵のプレゼントのことを一緒に考えてくれていた寧音のことを思うと胸が痛む。 「ごめん……本当に」  寂しそうな寧音の言葉に、目も合わせられずにうつむいて謝った。想像以上の自分のやらかしに、さっきまでと違うドキドキに襲われていた。ここで対応を間違えたら、せっかく良くなっていた雰囲気が台無しになるのではないかと。 「晴琉ちゃん、顔上げて?」  寧音の言葉に従って、恐る恐る顔を上げると、予想に反して寧音の表情は柔らかかった。そして柔らかい唇が私の唇へと降って来て、すぐに離れて行った。忘れていたプレゼントのことを反省しないといけないのに。文化祭で『待て』と言われた時以来のキスに、あの時の高ぶった感情を思い出して、目の前の寧音のことで頭がいっぱいになっていた。 「寧音……リボン外して?」 「ダメ」 「寧音に触れたい……」 「ダーメ」  寧音はまたキスをして、でもすぐ離れてしまう。離れてしまわないように唇を押し付けようとするけど、寧音が私の肩に手を置いて距離を取った。ベッドの縁にいて、両手はリボンで縛られていて、またがる寧音が落ちないように、自分自身がベッドへ倒れないようにバランスを取らないといけないから、私からキスをするのが難しかった。そうして寧音にされるがまま、触れるだけのキスをされていた。寧音はペットと戯れているみたいに楽しそうにしているけど、私はもどかしくて、おかしくなりそうだった。 「寧音お願い。リボン外してよ」 「プレゼントくれるならいいよ」 「必ず渡すから」 「今欲しい」 「何が欲しいの?」 「……晴琉ちゃん」  寧音の両手が私の両頬に添えられて、しっかりと見つめ合った。寧音はもう一度丁寧にゆっくりと、私に伝えた。 「晴琉ちゃんが欲しい」
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