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ぷるぷる
寧音とホテルで過ごした一日は、少し早いクリスマスプレゼントをもらったような気分だった。しかし家に帰ってからもホワホワと夢心地でいた私に押し寄せた現実は重たいものであった。
12月に行われたバスケの大会は予選であっけなく敗退し終わりを迎え、憂鬱な期末テストに追われた。先輩たちがいかにバスケ部の要だったかを思い知らされた。大会で成績を残せなければ、私に残ったのはただただ悲惨な学業の成績だけだった。
「はぁ……」
寧音にテストに向けて勉強を教えて欲しいと泣きついて部屋に呼んだのに、今勉強をしているのは私に背中から抱き着かれている寧音だけだった。寧音の肩に頭を乗せて何度目か分からないため息をついているけど、テスト期間中はいつものことなので寧音は気にせず勉強している。勉強の様子を見ているだけで頭が良くならないかなって、頭の悪いことを考えながら寧音のノートを見る。結局その綺麗な文字に見惚れて何も頭に入ってこなかった。
寧音の体温を感じながら、静かな部屋で寧音が文字を綴る音と教科書のページを開く音を聞いていた。勉強をしようとすると眠くなる私は自習の時間や図書室に行った時のことを思い出して眠気に誘われていた。
「晴琉ちゃん?」
もはやため息すらつかず、ただ静かにしていた私が寝たのかと思った寧音が様子を伺う。
「なぁにー?」
「そろそろ勉強しよう?」
「んー……」
「こら晴琉ちゃん。止めなさい」
優しく促してくれたのに、目の前にあった寧音のうなじに唇を這わしたから叱られた。
「寧音」
「何?」
「テスト頑張ったらご褒美ちょうだい」
「何が欲しいの?」
「寧音」
「……どうしようかな」
「えー?」
「だってことあるごとに言ってきそうだから」
「そんなこと……あるかも」
「じゃあダメ」
「……でもさぁ、イチャイチャできるの今くらいじゃん。来年受験だし」
「じゃあ我慢覚えて」
「えー⁉」
ごねたら寧音のため息が聞こえた。だって受験生って忙しいのに。それに……寧音の志望校はとっても偏差値の高い大学だ。私じゃ全く手の届かないレベルの大学。高校を卒業したら……どれくらい一緒にいられるのだろうか。
そもそも自分でもどうしてこの高校に合格できたのか不思議に思うほどだった。円歌と葵と同じ高校に行きたい思って、何とか体力と気力と豪運で乗り切った感じだった。寧音が目指すレベルの大学の受験ではきっと通用しない。周囲も進路を考えるようになって、円歌と葵は同じ志望校を目指していることを知って、心底羨ましいと思った。同じ学部ではないみたいだけど、二人が思い描く将来はきっと、いつも二人は隣を並んで歩いていくのだと思った。
「晴琉ちゃん、ちょっといい?」
「何?」
私の腕のなかで寧音が動いてこちらを向く。顔が近い。私の視線は艶やかな唇に移る。あぁヤバい。チューしたい。でも今したら絶対怒られる。我慢覚えなさいって言われたばかりなのだから。何とか衝動を抑えた。
「あのね……私だって我慢してるんだよ?」
「え?」
「だから晴琉ちゃんも我慢して?」
「……うん」
寧音は私を扱うのがどんどん上手くなっている。同じ気持ちだと教えられてすっかり気分が良くなってしまった。抱き着いていた寧音から離れて机に向かった。
「何?」
「な、なんでもないよ」
大人しく勉強をしていたけど、たまに寧音の方を盗み見していたらバレた。不思議そうな顔をして勉強に戻る寧音。たまに見せてくれる笑顔ももちろん好きだけど、私は集中している時の寧音の真剣な顔が好きだった。何事にも真剣に向き合って、映ったものだけに集中して、それだけを純粋にただ真っすぐ捉えている、澄んだ瞳が好きだった。
「……あのさぁ寧音」
「ん?」
その澄んだ瞳を向けられると私も真剣に向き合うしかなかった。
「あの……」
「どうしたの?」
「……寧音と同じ大学……行きたいなって」
「本当に?……嬉しい」
寧音の言葉や表情に偽りはなく、本当に嬉しそうに見えた。さっきまでテスト勉強すらサボっていた奴の言葉に笑顔をくれる。冗談だと思われて笑われても、からかわれても仕方がないくらいの成績なのに、寧音はこうして私の言葉を真っすぐに受け取ってくれる。
「でも、あんまり期待しないでね。あ、あと他の人には言わないで……」
「うん、わかった。知ってる?志希ちゃんも同じところなんだよ。志望校」
「え?……めちゃくちゃやる気出た」
「どうして?」
「ぜっったいにマウント取ってくるでしょ!寧音と同じ大学なんだよって!……あぁああ!目に浮かぶ!絶対ヤダ!」
頭を抱えだした私を見て寧音は笑っていた。志希先輩、あんなにふざけた人なのに、勉強も出来るとか本当にふざけてると思う。
「じゃあもうちょっとだけ頑張ろうね」
「うん!」
何とか集中して勉強を続けた。久しぶりにたくさん勉強したかもしれない。これが来年は毎日のように続くのかぁ……。
「はぁ~疲れた」
「うん、よく頑張りました」
「ありがとう寧音。なんかテスト大丈夫な気がする」
「本当?私が帰っても勉強するんだよ?」
「頑張ります……」
渋々返事をして家へ帰る寧音を送るためにドアを開けようとしたら、寧音に服の袖を掴まれた。
「寧音?」
「……一回でいいから、キスしたい」
我慢してって言ったのは寧音の方だったのに、とは思っても、私は彼女のおねだりを拒むことなんて出来なかった。そういう風に躾けられてしまった。
寧音の体をドアに押し付けるようにしてキスをする。キスの一回ってどこまでのことを言うのだろう。貪るように、長い長い一回を味わっていた。調子に乗って舌を入れたら噛まれた。思わず顔を離して、終わってしまった一回を惜しんでいたら、目の前には不満そうな顔。
「もぅ……一回って……こういうんじゃ……」
「今もう一回って言った?」
「言ってない」
「言った。絶対言った」
「子どもじゃないんだから……ねぇ、ダメ……」
その後寧音の帰りが少しだけ遅くなった。駅まで送って別れる間際、寧音は笑顔で私に告げた。
「晴琉ちゃん、テストの点数悪かったら……お仕置きだからね?」
「は、はい」
体が震えた。これは冬の寒さのせいだけではなかった。
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