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どきどき
何とかテストはお仕置きを免れる点数を取ることが出来た。テストを切り抜けた私に待っていたのは寧音とのクリスマスだった。いつも寧音は年末をご両親と一緒に海外で過ごすのが当たり前だったみたいだけど、今年は入院していたお祖母ちゃんの体調のこともあって日本で過ごすことになったそうだ。ちなみに寧音のお祖母ちゃんは私のことを「文化祭の時の子」としてしっかり認識しているらしい。
「どうしたの?その荷物」
クリスマス当日は夜にイルミネーションを見に行く予定で、それまでは寧音のお家へお邪魔していた。お昼過ぎのまだ明るい時間。寧音のご両親は出掛けていて、寧音の部屋で二人きりだった。私は白い袋にプレゼントを詰めて持って来ていた。
「クリスマスプレゼント!」
「随分大きいね……サンタさんかと思った」
「あー!サンタの格好で来れば良かった!」
「……家で着るんだよね?外では止めてね?」
「え、なんで?」
「晴琉ちゃんは目立つことに抵抗が無さすぎない?……そういえば円歌が送ってくれたよ」
「んー?」
寧音が見せてくれたスマホの画面をのぞき込むと、そこにはおそらくはバイト先でサンタの格好をさせられた円歌の姿が写っていた。
「かわいいー……寧音のも見たいなぁ」
「それなら晴琉ちゃんはソリやってね」
「え?せめてトナカイ……」
文化祭の時は椅子にされたし……寧音は私の事を座る場所だと思っているのだろうか。いや、ただ困惑している私を見るのが好きなだけなのだろう。しかし本気で思っていそうなのが寧音の怖いところでもある。
「そ、そんなことよりさ!プレゼント受け取ってよ」
「うん」
「まずはー……」
「……『まずは』?」
「ハラマキ!」
「あ、デザインかわいい……でもなんで腹巻き?」
「女の子は体冷やしちゃダメなんだよ!」
「お祖母ちゃんみたいなこと言うね」
「次はねー……シャーペン!腕疲れにくいんだって。受験用に」
「ありがとう」
「あとねぇ」
「まだあるの?」
「うん!」
誕生日プレゼントを忘れた罪があったから、クリスマスプレゼントは気合を入れて、色んな人からアドバイスを聞いた。たくさん聞いて絞り切れなかったから可能な限り用意した。そうして最終的にサンタみたいな量になったのである。次から次へと出てくるプレゼントに寧音は珍しく口を開けたまま驚いているようだった。
「――これアロマキャンドルなんだけど……なんで寧音笑ってるの?」
「ごめんね、なんか……気にしないで」
「うん?あとこれオススメのグミ!これで全部!」
「ありがとう晴琉ちゃん。全部大事にするね」
途中から寧音は口を手で抑えて笑い続けていた。楽しんでもらえたなら何より。私があげたプレゼントを一つ一つ手に取って嬉しそうに眺めている寧音を見れただけでも頑張った甲斐があった。
ふとベッドの上にある、前に寧音にあげたハリネズミのぬいぐるみが視界に入った。一応初めてのデートでゲームセンターに行った時にクレーンゲームで取ってあげたぬいぐるみだった。私と寧音を繋いでくれたのは、このぬいぐるみのおかげだと言っても過言ではない。しかし最初に見た時よりも……。
「ちょっとへたってきた?」
私の視線に気づいた寧音が、ぬいぐるみを手に取った。愛おしそうに抱きしめている。
「いつも抱きしめて寝てるから……」
なんて羨ましい。ぬいぐるみに嫉妬する日が来るなんて思わなかった。でもそんなに大事にしてもらえるなら取って良かったな、なんて微笑ましく思っていた私は油断していた。
「……晴琉ちゃんだと思って」
「ほあ?」
間抜けな声が出てしまった。そしてきっと間抜けな顔をしている私を見て寧音は笑っていた。すぐそうやって、簡単に私の心を揺さぶってくる。
「あ」
笑っている寧音の腕の中からぬいぐるみを取り合げた。何するの?って不満そうな顔をする寧音に構わず、さっきまで寧音がぬいぐるみにしていたように、私は寧音を抱きしめた。
「本物いるんだからさ……こっち抱きしめなよ」
「……うん」
スリスリと擦り寄って甘えてくる寧音に胸の高まりが止まらなかった。
「……晴琉ちゃんすごくドキドキしてるね」
「寧音のせいだよ」
「私のせい?」
「そうだよ……責任取って」
「どうやって?」
「最期までちゃんと、責任もって面倒見て」
「……晴琉ちゃんが私を離さなければ出来るよ」
「じゃあ大丈夫だね」
お互い笑顔で見つめ合う。良い雰囲気に乗じてキスをしようとしたら寧音に胸を押されて距離を取られる。
「待って晴琉ちゃん」
「えー?もう『待て』禁止にしない?」
「プレゼント渡してなかったから……ちょっと待ってね」
寧音は私の提案を無視して体を離し、机から薄い箱を取り出した。プレゼントは嬉しいけど、ちゅーしてからでもよくない?
「晴琉ちゃんずっとイヤーカフ羨ましかったんでしょう?」
「ゔ……気付いてたの?」
「分かりやすいんだもん」
私たちはお揃いの物を持っていなかった。寧音はそういう物を欲しがるタイプではないし、私のファンの子たちを刺激したくない、みたいなことも言っていた。だからこそ志希先輩がいつも身に着けている寧音からプレゼントされたイヤーカフが特別に感じて羨ましくて仕方がなかった。寧音なら良い物を贈ってくれるだろうから、私も何かアクセサリーが欲しいなんて軽い気持ちで言えなかったし、自分が贈るにもセンスがないから迷ってしまって、ずっと買えないままでいた。
「でも晴琉ちゃんにもイヤーカフだと嫌かなって思って」
「まぁ……そうかも」
「だからね、首輪にした」
「え?」
寧音から受け取った箱を開けると、そこにあったのはネックレスだった。小さなパールがあしらわれた、スポーツネックレス。これなら部活中も着けていられる。
「びっくりした……ネックレスのことかぁ」
「本当は首輪が良かったのだけれど」
「え゛」
「冗談だよ。ねぇ、着けて見せて?」
「あ、うん……どう?」
「うん。似合ってる……晴琉ちゃん、『お手』」
「はい」
プレゼントをもらって、似合っていると言われてご機嫌になった私は素直に『お手』をした。寧音は乗せられた私の手を握りしめたまま、私に『お手』をしたご褒美をあげるかのようにキスをくれた。
「ねぇ晴琉ちゃん、少しは嫌がった方が良いと思うの」
「なんで?寧音から嫌なことなんてされたことないよ?」
「……晴琉ちゃんてずるいよね」
「え?なんで?てかそれよりさぁ……」
「何?」
「『おかわり』は?」
「晴琉ちゃんから催促するの?」
呆れたように笑いながらも寧音は繋いでいない方の手を差し出してくれた。私が手を乗せると、またしっかりと握りしめて、そしてまたキスをくれる。
「……イルミネーション見に行くまでまだ時間あるから……いい?」
答えを聞く前に私は寧音を抱き抱えてベッドに押し倒していた。
「いいよ」
「『待て』じゃないんだ」
「……意地悪」
「ごめん……キスして欲しい?お姫様」
「何それ」
「ん?去年王子様やった時のセリフ」
「……そんなの要らない」
おかしいな。去年の文化祭でこのセリフを劇で言った時はキャーキャーとたくさんの黄色い歓声を浴びたのに。寧音には全く刺さらなかったようだ。もっと寧音をドキドキさせたいのにな。
「王子様じゃなくて、晴琉ちゃんの言葉が欲しい」
心が掴まれる感覚がした。皆が求める王子様のような私じゃなくて、ありのままの私自身を求めてくれる寧音が好きだと思った。
「そっか……寧音、ちゅーしたい」
「いいよ。いっぱいして?名前も呼んで、たくさん好きって言って?」
「……好きだよ寧音。大好き」
寧音はずるい。こうやって私の心臓が高鳴っている時に、追い打ちをかけるような可愛らしいおねだりをするのだから。
「して欲しいことあったら全部言ってね」
寧音の為に、全て叶えて見せるから。
――どきどき主思い 完
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