おまけ

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おまけ

「え?欲しいの?」 「え⁉当たり前じゃん!!」 「晴琉ちゃんここ図書室だから。静かにして?」 「あ、はい、ごめんなさい」 「後で話そうね」 「うん……」  寧音の視線が手元の本に戻ってしまったから、うなだれて図書室を後にした。私が落ち込むことになった始まりは、学校の昼休みにいつものように集まった円歌との何気ない会話がきっかけだった――。  「晴琉はバレンタインどうするの?」 「え?どうするって?」 「寧音は作るつもり無さそうだったけど」 「……え?」 「晴琉はどうせいっぱい貰うだろうから要らないんじゃないかって……晴琉⁉」  話の途中で席を立ち、寧音が本を返しに行くと言っていた図書室に駆け込んだ。そして冒頭の会話に至ったのである。 「あ、戻って来た」 「めっちゃ落ち込んでるけど」  図書室から戻ると葵も合流していた。椅子に座り机に突っ伏した私の頭を撫でて慰めてくれる円歌。葵はテンションの下がった私の頬を突いて遊んでいる。 「円歌が言った通りだった……寧音、バレンタイン興味なさそうだった……」  そういえば去年はもらった覚えがないような……。当時は恋人同士でもなかったし、これでもかとファンの子たちから貰っていたから、特に気にしてなかったけど、今年はさぁ……欲しいに決まってるじゃん。 「興味ないことはないと思うけど」 「えぇ?だって欲しいの?って言われたよ?」 「なんで貰う前提なの?晴琉があげれば?」  葵の正論にハッとした。確かに、いつも一方的に貰う側だったから思いもしなかった。 「え、でもお菓子とか……作りそうに見える?」 「全く見えないけど……じゃあ一緒に作る?」 「本当⁉」  笑顔で救いの手を差し伸べてくれる円歌が天使に思えた。混ざれない葵はちょっと不満そうだ。だって円歌が作るのは葵へあげるものだから、バレンタインまで葵も楽しみにしたいのだろう。でもどうせ当日は独り占めするんだし、ちょっとくらい貸してくれても良いじゃないか。 「――晴琉ちゃん、さっきの話だけど……」 「あ!寧音!大丈夫!解決したから!」 「え?そう」  お昼休みが終わる間際、教室に戻ると寧音が話しかけてくれた。図書室にいた時とは打って変わって機嫌のよくなった私を見て不思議そうにしていた。  バレンタイン当日。私は円歌に手伝ってもらって完成した寧音へのチョコを中々渡せずにいた。自分自身が色んな子にチョコを渡されていて時間を取られていたのもあるし、友達意外にチョコを渡すのが初めてで緊張してしまい渡すタイミングというのが分からなくなったのもある。 「あぁもう……どうしよう」  放課後になっても呼び出しは続いた。去年だったら素直に喜んでいたけど、今はチョコが増える度に焦りが積もる。寧音にはすぐ戻るからと教室で待ってもらっていた。何とか受け取りきって急いで教室に戻ると、寧音は一人で静かに本を読んでいた。机の上にはかわいいラッピングをされたチョコが置いてあった。 「ごめん寧音、遅くなった……」 「大丈夫だよ」 「……その、それ……」 「あぁ、礼ちゃんがくれたの」 「もう食べたの?」 「まだだけど」 「じゃあ……」  この流れなら、先にこれ食べてよって、簡単にチョコを渡せる気がしたのに、それ以上言葉はすんなりと出てこなかった。 「晴琉ちゃん?」  固まる私を不思議そうに見守る寧音。喉がひどく乾く。チョコを渡すのって、こんなに緊張するものなんだ……。軽い気持ちで、恋人なんだからって当たり前のように寧音から貰おうとしていたことを反省した。 「あの……これ、受け取って欲しいんだけど」  恐る恐るチョコを寧音に差し出す。寧音は量より質かと思って、形の良いトリュフチョコを少しだけ包んでいた。 「チョコ?晴琉ちゃんが作ったの?」 「うん」 「……そういうことね」 「ん?」 「何でもない。ありがとう晴琉ちゃん」 「初めてだけど、円歌に教えてもらったから、味は大丈夫」 「そう」  ようやく渡せて一安心する。でもまだもう一つミッションが残っていた。チョコを一緒に作ってくれた円歌によって課されたミッションが、一つ。 「礼ちゃんのより先に食べて欲しいんだけど……」 「うん、わかった。そうするね」 「その、帰ったらの話じゃなくて、今、食べて欲しくて」 「え、今?部活行かなくていいの?」 「遅くなるって伝えてあるから。去年もそうだったし」 「……そう。じゃあ今食べるね」 「あ!待って!……あのー……」 「どうしたの?」 「た、食べさせたいんだけど……いいでしょうか……」 「あーんしたいの?」  黙って頷いた。円歌によって課されたミッションは、食べさせてあげる、というものだった。チョコ作りを教えてもらったお礼は何が良いか聞いたら、お礼はいいから食べさせてあげなさい、と答えが返って来たのだった。 「……誰かに唆されたの?」 「え?な、なんで?」 「だって、あまりやりたそうに見えないから……嫌なら――」 「い、嫌じゃないよ!ごめん、嫌とかじゃなくて、なんか、寧音、そういうの嬉しいのかなって急に思っちゃって……バレンタインもそんなに興味なさそうだし……」 「興味ないわけじゃないけど……晴琉ちゃん、チョコいくつ貰ったの?」 「何個だろう?まだ数えてないから分かんない」 「……何人に告白されたの?」 「え?えーっと……」  今年もたくさんチョコはもらったけど、文化祭のこともあって本命チョコは去年ほどではなかった。朝練の時に一人と、あとお昼休みに一人と――。 「……ごめん晴琉ちゃん、私先に帰る」 「え⁉」  今日の出来事を思い返していたら、席を立った寧音が追いかける隙も与えない素早い動きでさっさと教室を出て行ってしまった。呆気に取られて動けない私だけが取り残されていた。  告白されてないって嘘をついた方が良かったのだろうか。いや、呼び出されているところは寧音だって見ている可能性は高いし、寧音を騙せるほど私は器用じゃない。それに寧音はそんな嘘を喜ぶことはないだろう。 「はぁ……」 「何?渡せなかったの?」  これ以上部活に遅れる訳にもいかず合流したけど、テンションは下がったままで、葵に心配されてしまった。 「渡せたけど……なんかやらかしたっぽい」 「……ぽい?心当たりないの?」 「ねー」 「ねーじゃないでしょ。大丈夫?」 「たぶん」  たぶん、心当たりというか、ジワジワと思い知らされていたことがあった。 「お邪魔します」  翌日の昼下がり。チョコを渡してすぐに帰ってしまった寧音から夜に謝罪と明日会えないかというメッセージがスマホに届いていた。すぐに大丈夫だと返して、私は寧音の部屋へ招かれたのである。 「紅茶でいい?」 「うん、ありがとう」  入れてもらった紅茶をすすりながら気持ちを落ち着かせた。寧音が何だか緊張しているように見えて、私にも緊張が移っていた。 「……昨日勝手に帰ってごめんなさい」 「大丈夫。気にしないで」 「……怒っていいんだよ?」 「怒ってないのに怒れないよ。おいで寧音」  寧音を招き入れるように両腕を広げたけど、寧音は戸惑っているようで動かなかった。「ん」ってもう一度、腕を広げて待っていたら、おずおずと寧音が近づいて来てくれたから、腕の中に閉じ込めた。 「ごめんね寧音」 「どうして晴琉ちゃんが謝るの?」 「礼ちゃんからチョコ貰ったって聞いて、めちゃくちゃ嫌だった」  礼ちゃんだったら告白もしていたんじゃないかと思った。寧音がなびくとは思わないけど、それでもじわじわと嫌な気持ちに浸食されていた。寧音は一日中、私がチョコを貰うのを見る度に、同じように嫌な気持ちになっていたのではないかと思った。すぐに答えられないくらいチョコを貰ったと知って、その中には好きだと伝えている子もいて、バレンタインに興味ないの?なんて、無神経なことを言われて……寧音のこと、きっと傷つけていた。 「寧音も同じ気持ちだったら悪いことしたなって、反省した」 「晴琉ちゃんのせいじゃないのに……ごめんね。去年もたくさん貰ってたの知ってたから、慣れないとって、平気だって、自分に言い聞かせてたんだけど……晴琉ちゃんが嬉しそうにしてるの見てたら、苦しくなってきちゃって……せっかくチョコ作って来てくれたのに……あんな態度取ってごめんなさい」 「大丈夫。謝らなくて大丈夫だから」  すがるようにしがみつく寧音を安心させるように強く抱きしめた。   「そういえばチョコ食べてくれた?」 「……ちょっと待ってて」  部屋を出た寧音がすぐに戻ってきて、手に持っていたのは昨日あげたチョコだった。 「まだ食べてなかったんだ」 「……晴琉ちゃんが嫌じゃなければ」 「ん?」 「食べさせて欲しいなって……思って」 「そっか。ありがと寧音」 「ん」  寧音が包みを開けて、私にチョコを渡して来た。戻って来たチョコを手に取る。自分で言うのも何だけど、綺麗に出来ている。目の前には薄く唇を開いて、「早く」って服の裾を引っ張るかわいい恋人。口にチョコを入れる時に一瞬だけ触れた唇の感触が指に残った。 「美味しい」 「本当?良かったぁ」 「……もう一個ちょーだい?」 「うん……あ、そうだ、志希先輩がさぁ、口で食べさせたら美味し――」 「バカじゃないの?」 「あ、はい、すみません」 「……したいの?」 「……せっかくだし」 「今日だけだよ」 「え?いいの?」 「一回だけ……ね?」  お言葉に甘えて、今日だけの、一回だけの特別なチョコを二人で味わった。同じものなのに、味見をした時よりもずっと甘くて、美味しく感じた。 おまけのおまけ。 「志希ちゃん。晴琉ちゃんに変なこと教えないで」 「んー?……え?もしかして本当にしたの?やだぁ、えっち……あ、痛い痛い!耳引っ張らないで!」 「したなんて言ってないよねぇ?」 「えぇ?だって寧音は晴琉ちゃんに甘々なんでしょ?」 「……晴琉ちゃんが言ってたの?」 「晴琉ちゃんねぇ、私が寧音の昔話とかするとすぐムキになってさぁ。寧音のかわいかった話とかしてくるんだよ?かわいいよねぇ……ってあれ?照れてる?……ごめんごめん!痛い!耳取れる!」 「……バカ」
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