ぱちぱち

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ぱちぱち

 高校二年生の9月。新学期。晴れて寧音とは恋人同士になって順調!と言いたいところだけど、私よりずっと複雑な作りをしている寧音との関係性は簡単には上手く行かないものだった。 「どうしたらこう、リードできるのかな~」  所属するバスケ部では朝練がある。片付けをして教室へ向かう途中で厳しい残暑にうなだれ、恋人との関係性にもうなだれている私を面倒くさそうに見ている親友が隣で歩いていた。同じバスケ部で二年生の葵だ。寧音と付き合っていることは親友の葵と、その恋人の円歌くらいにしか言っていない。他に勘付いている人はちらほらいるけど。大っぴらに公開している訳ではなかった。 「リード?晴琉が?寧音を?」  何を言ってるのかと言わんばかりの目を向ける葵。中学から付き合いのある葵は年々私に対して容赦がなくなっている。 「リードを付けられてるの間違いじゃなくて?」  葵は意地悪な笑顔を浮かべながら、自分の首元を指さして言ってくる。 「誰が犬だ」 「寧音に引っ張られてる晴琉なら想像つくけど」 「なんだと」 「というかリードする必要ある?」 「だってかっこいいとこ見せたいじゃんか」 「別に普通にしてたらかっこいいと思うけど」 「そう?」  単純な私は褒められたらすぐにニコニコと顔に態度が出てしまう。葵が手懐けるように私の頭をワシャワシャと撫でて、「やっぱりワンちゃんみたい」って言ってくるから噛みつくフリをしたらヒラリとかわされて、そのまま葵は「またね」と言うと、さっさと自分の教室へ帰って行った。  教室に入るとクラス中に届くくらい大きな声でおはようと言う。大抵みんな振り向いて、私が自身の席に着く間に挨拶を返してくれる。なんて良い関係性のクラスだろう。 「おはよう寧音」 「おはよう」  荷物を置いて真っ先に寧音の席に向かう。寧音は朝から難しそうな本を読んでいることが多い。内容を聞いても分からないから聞かない。ただ騒がしい教室で静かに本を読む知的な姿を見るのが私は好きだった。私と話すために本から視線を外して、こちらを見てるくれる瞬間が、好きだった。 「今日は転校生が来るらしいよ」 「マジか」 「うん、職員室にそれらしい子がいたの。なんかね、凛々しい雰囲気の子だった」 「へぇ~」  凛々しいってことは、かっこいい感じってこと?競合が増えるな。まぁ寧音の好きなタイプじゃなければ何でもいいけど。そもそも寧音の好きなタイプがよく分かってないけど。  少し経って先生が教室へ入るといつも以上に教壇に視線が集まった。皆転校生が来ることを知っているのだ。先生も空気を察して、さっそく転校生を呼び込んだ。 「え、めっちゃ美人」  入口の近くにいた生徒が反応して、周りがざわつき出した。綺麗な長い黒髪をきっちりとしたポニーテールでまとめていて、前髪も真っすぐで乱れがない。しっかりした眉毛も、切れ長の目も端正な顔立ちを引き立てている。背筋がピンと伸びていて、寧音が言う通り凛々しいという印象を与えていた。 「皆さんおはようございます」  皆の前に立つとまず挨拶と深くお辞儀をした転校生。凛とした声は教室中に通る。表情は柔らかいけど何というか武士みたいな固さを感じる子だなと思って眺めていたら、武士の格好をしているのが簡単に想像がついて、そしてとてつもない既視感に襲われた。 「礼(れい)ちゃん⁉」  私は思わず立ち上がって叫んだ。自己紹介を始めようとした転校生を言葉を遮ってしまい、クラス中の視線が私に集中した。先生に「あら友達だったの?」って言われてどう答えようか迷っていたら、私より先に答えがクラス中に強い声で届いた。 「違います」  何の感情もない、淡白な礼ちゃんの答えに私はただ苦笑いを浮かべながら静かに座るしかなくて、クラスの子たちも何か触れてはいけない空気を感じて静かになった。礼ちゃんの自己紹介が終わると、皆何もなかったかのように大きく拍手をしてその場の空気を換えようとしていた。  明らかに何かある雰囲気しかない私たちのやりとりに、寧音は心配そうにこちらを見てくれていたけど、とりあえず「大丈夫」と口パクで伝えるくらいしか私に出来ることがなかった。  本当は新学期に新たな火種が生まれたことに気が気でなかった。
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