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ばちばち 1
休み時間には礼ちゃんの周りには人だかりが出来ていた。私以外には穏やかに対応するみたいだ。
「ねぇねぇ晴琉ちゃんとどういう関係なの~?」
「アレの話はしたくないの」
アレ、ねぇ。馬鹿なフリをして私に関する質問をした子は礼ちゃんの圧にやられたようで、小さな声で「すみません」と謝っていた。
私自身も礼ちゃんとの関係性を聞かれたけど、あっちの会話が聞こえるということはこっちの会話も聞こえるというわけで。下手なことは言えないから、ただ苦笑いを浮かべるしかなかった。
「それで?どういう関係なの?」
「えーっとぉ……」
昼休みに寧音をラウンジまで連れ出して昼食を食べる。食事のお供の話題はもちろん礼ちゃんのことだ。葵と円歌が合流する前に、さっそく寧音から質問を受けていた。
「元カノ?」
「え?ち、違うよ!それ冗談でも礼ちゃんに言ったらダメだよ!ぶっ叩かれるから!」
「そんな風には見えないけれど」
「礼ちゃんはね、今は知らないけど小さい頃から剣道やってたから……学校で何回ぶっ叩かれそうになったことか……」
ハキハキと挨拶をした礼ちゃんの姿を武士みたいだなと思った時に、思い浮かんだのは幼いころの剣道着を着る礼ちゃんだった。それで思い出したのだ。小学生のころの私がやんちゃをする度に定規とか、ほうきとかを持って叱りつけてくる、鋭い眼光と圧を持った礼ちゃんのことを。
「そうなの?怖いね」
「まぁ寧音が言っても叱られるのは私だと思うけど」
「へぇ」
「うん……待った、なんでちょっと嬉しそうなの?絶対試したらダメだからね⁉」
まるで新しいおもちゃを手に入れたみたいに寧音の目が輝いていたから、慌てて念を押しておく。寧音は私や葵が何か大変な面白い目に遭うことを楽しんでいる節がある。
「何の話~?噂の転校生?」
円歌が寧音に後ろから抱き着いてきて、話に加わる。葵も後ろからついてきていた。他のクラスにも礼ちゃんの話は伝わっているらしい。
「晴琉ちゃんが仲良しみたい」
「へぇ~」
「あれ見てよく言えるね……」
「あれって?」
今朝起きたことを二人に説明した。
「へぇ~知り合いだったんだ。それで結局晴琉と転校生はどういう関係なの?」
円歌は興味津々で、葵はどこか心配そうで、寧音はたぶん楽しんでる。
「小学校が同じなだけで……ほら、私すぐはしゃぐタイプじゃん?礼ちゃんは委員長タイプだったから、怒られてばっかりでさぁ……だからたぶん嫌がられてる」
「晴琉を嫌がる人なんて珍しいね」
円歌の言葉は嬉しいけど、昔は今よりもクソガキだったから。
「それにしては敵意が凄かったけれど」
「会うの小学校ぶりでしょ?他に何か理由ないのかな」
鋭い寧音と葵の言葉を受けて考えてみる。
「んー……何かあったかなぁ……」
「晴琉ちゃん鈍いものね」
寧音は痛いところを突いてくる。礼ちゃんは寧音と同じ思慮深い人だ。私が寧音のことで分からないことがいっぱいだったように、きっと礼ちゃんの考えに反するようなこと、たくさんしてきたのかもしれない。
「でも今の晴琉なら、仲良くなれるんじゃない?」
葵の言葉になんとか笑顔を返した。
「――晴琉ちゃんは理由ないの?」
食事を終えて教室まで戻ろうとしたら、隣を歩いている寧音が急に質問を投げかけて来た。いつも通りの静かなテンションで聞かれるから、意図が分からなくて反応に困ってしまう。
「えっと、何の話?」
「転校生との確執……晴琉ちゃんも苦手に思う理由、ありそうだと思って」
「んー……散々叱られたから、苦手といえば苦手だけど」
「そう……本当にそれだけ?」
やはり寧音は鋭い。というか私がわかりやすいのだろうか。
「まぁ、今のところは……」
「何それ意味深」
「とにかく今は大丈夫だと思う……うん」
「そう」
それ以上は寧音も何も言わずにいてくれた。
私も礼ちゃんも微妙な距離感を保ったまま10月になった。礼ちゃんはすっかりクラスに馴染んでいた。馴染むどころかむしろ率先してクラスをまとめていて頼られる存在になっていた。
「ちょっとコレ借りていい?」
昼休みにいつものように円歌たちとラウンジでご飯を食べた後、寧音と一緒に教室に戻ろうとした直前に入り口に待ち構えていた礼ちゃんに捕まった。寧音の方を見て話しかけてきて、コレ、と指を差されているのは私だ。
「どうぞ」
寧音が普通に返事すると、礼ちゃんはさっさとどこかへ進んで行った。寧音が良いと答えてしまったから、私も慌てて後ろをついて行った。
「それで、何の用」
人気のない場所まで連れていかれて、おずおずと要件を伺ってみる。近くで向かい合うと昔は礼ちゃんの方が背が高かったのに、今は私の方が高くなっていることに気付いて時の流れを感じた。礼ちゃんから感じる圧は昔よりずっと大きく感じるけど。
「……よくもやってくれたよね」
「あ……自己紹介の時の話?ごめん、挨拶の邪魔して」
「おかげで色んな人からあなたのことばかり聞かれて迷惑だった」
「ごめんなさい……」
数年ぶりに再会して、また怒られてる。情けない。ただ呼び出された理由が怒りをぶつけられるだけなら、私にとって幸いだった。寧音にも言えなかった本当に私が礼ちゃんを苦手な理由は、昔よく怒られていたからだけではなかった。
「用ってこの前のことだけ?休み時間終わるし、もう戻っていい?」
「……隣にいた子、あなたのモノなの?」
「え?」
嫌な汗が流れる。私が礼ちゃんを苦手な理由。それは、礼ちゃんが完璧主義だということに関係する。礼ちゃんは勉強はすごく出来る子だった。でも運動だけは私の方が出来た。運動会の徒競走で私に負けた礼ちゃんは、私に劣っているところがあると説教に説得力がなくなると言いだした。とにかく研究して、実践して、努力をして、最後には私よりも足が速くなっていた。
「あの子、寧音って言うんでしょ。あなたのこと『借りていい?』って聞いたら、すぐに『どうぞ』って答えたじゃない。あなたが寧音のモノなら、逆も然りってことでしょ」
礼ちゃんはクラス全体のことを良くみて行動出来る子だった。とにかく人をよく観察するし、研究するのだ。寧音は私といることが多いから礼ちゃんとの関わりはあまりなかったはずだけど、クラスの子たちから聞き取りをして私との関係性も察したのだろう。
「モノではないけど……まぁ」
「寧音って、大人びた子なんでしょ?賢いみたいだし」
「まぁ……」
「ねぇ……あなたじゃ釣り合わないんじゃない?」
聞きたくない言葉が続く嫌な予感がして、とっさに返事が出来なくて、グッと拳を強く握りしめた。礼ちゃんのことを思い出すうちに危機感に襲われていた。礼ちゃんはいつも担任の先生や友達の年の離れたお姉さんの中でも、落ち着いていて知的な女性に懐いていた。私でも簡単に気が付くくらい、タイプがわかりやすかったのだ。
完璧主義で私に負けることが許せない、そして大人びた知的な女性が好きな礼ちゃんはきっと――。
「私のモノにしていい?」
宣戦布告をしてくるだろう。
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