ばちばち 2

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ばちばち 2

 礼ちゃんに寧音を奪うと宣戦布告された時にちょうど良くチャイムが鳴った。私は何も言葉を返せず、二人とも急いで黙って教室へと戻った。  午後の授業は何も集中できなくて、ただ礼ちゃんと寧音のことばかり考えていた。嫌な予感が当たってしまった。これから負けず嫌いの礼ちゃんは寧音にたくさんアプローチをするのだろう。恋人を奪う可能性がある人物のことを苦手だと思わないわけがなかった。そしてそんな理由で苦手だと恋人に伝えることも出来なかった。だって自信がないみたいでダサいじゃないか。  とはいえ奪われない自信があるかといえば、礼ちゃんの「釣り合わないんじゃない?」という言葉が反芻する。実際に礼ちゃんのほうが私が苦手なクラシック音楽とか、アートとか芸術方面も好きだった。普通に考えて、寧音の隣にいて自然だと思われるのは私よりずっと上品で頭の良い礼ちゃんのほうだと思う。 「晴琉ちゃん大丈夫?」 「うん」  授業の様子を見て放課後になって寧音に心配された。礼ちゃんに呼び出された件のことだと思うけど、今はただ、大丈夫と言うしかなかった。 「先輩、次いつデートします?」 「次って……デートしたことないでしょ」  モヤモヤした時は、バスケに集中するに限ると思って部活に臨んだら、後輩である朱里に絡まれた。 「えぇ~?前一緒にバッシュ買いに行ったじゃないですかぁ」 「一緒にバッシュ買っただけじゃん」 「えぇーひどい。もてあそばれた」 「はぁ~?」  この後輩、めちゃくちゃなことを言う。ただこの面倒くさい後輩は何故か私をとても慕ってくれているので、悪い気はしていない。 「寧音先輩にも許可取ってますから」 「寧音が?デートしていいって言ったわけ?」 「正確には違いますけど。前に先輩を奪っちゃいますよって言ったら特に否定されなかったので、OKってことかなって」  「奪う」という単語に礼ちゃんの言葉を思い出して、固まってしまった。反応がない私の姿を見て朱里は焦りだした。 「先輩?……晴琉先輩、もしかして怒ってますか?……ごめんなさい、調子乗り過ぎましたか?」 「え?あ、ごめん、そういうわけじゃなくて。デートは、まぁ、うん、考えとく」 「本当ですか?ありがとうございます!」 「ほら部活始めるよ」 「はい!」  バスケに集中したかったのに、また頭の中は寧音と礼ちゃんのことばかりになってしまった。寧音が私のことを奪われてもいいって思ってるなんてことはないはず……たぶん。寧音の性格は私も少しずつ分かってきている。寧音は他人の行動を縛るようなことは言わない。だから私が他の女の子たちにちやほやされても何も言ってこない。皆の王子様でいて良いよって言ってくれる人だ。だからこそ特別をたくさんあげたいけど、どうしたら喜んでくれるか考えて、何も思いついていないのが現状。そろそろ愛想をつかされないか心配になってきている。 「晴琉ちゃんへったくそー。キャプテン辞めちまえー」 「ちゃんと教えてくれません?」  心の乱れがプレーに出たのだろう。シュートの練習をしていたらバスケ部の先輩である志希先輩にダメだしというか、ただのヤジを飛ばされた。夏の大会で引退したけどしばらくは練習を見に来てくれている。キャプテンも志希先輩から私へ引き継がれていた。 「だって晴琉ちゃんは教えてくれないしぃ?」 「根にもたないでくださいよ」  寧音に好きな人がいることまで知っていた志希先輩は、その相手が私だと言うことを最近になって葵と話しているうちに気付いたらしく、寧音や私から直接教えてもらえなかったことに拗ねていた。 「晴琉ちゃんに寧音を奪われるとはねぇ」  放ったバスケットボールはバスケットゴールの枠にぶつかり、遠くへ転がって行った。多分深い意味なんてないけど。志希先輩の言葉に再び集中が途切れた。 「調子悪いね」 「……そうですね」 「寧音に振り回されてるとか?」 「それは別に、嫌じゃないんで」 「寧音よりややこしいことに悩んでいると」 「人の彼女をややこしいみたいに言わないでください……よっと」  放ったボールはまた枠にぶつかった。ああもう、上手く行かないなぁ。遠くに転がったボールを拾いに行く。もう一度シュートを練習しようと、バスケットコートの方へ振り返ると、この学校に入学してからずっと自分が目指している、志希先輩の鮮やかなシュートが決まった。  少しの静寂の後、コートの外で歓声が上がった。志希先輩が引退してからは私目当てに来ていた生徒たちが多かったのに、視線は全て先輩が持って行ってしまった。 「人のファン奪わないでくださいよ」 「お手本を見せてあげようかと思って」 「簡単にマネできるなら苦労しないですー」 「そうだねぇ。私のシュート、完璧過ぎるもんね」 「自分で言わないでください……よっ!」  目に焼き付けたばかりの志希先輩のフォームを意識して放ったボールは見事にゴールに吸い込まれた。 「よし」 「やっぱり晴琉ちゃんは言うより見せたほうが早いね。バ……感覚的だから」 「言い直した意味ないですけど⁉」  志希先輩とじゃれているうちに、乱れたフォームはすっかり治っていた。 「じゃあ晴琉ちゃんも大丈夫そうだし、今日はもう帰るね~」 「え、もう帰るんですか?」 「受験生だぞ?」 「あぁ、そうですよね……ありがとうございました!」  制服のままだった志希先輩は、もしかしたら今日は顔をみせるだけのつもりだったのではないかと思った。いつもと様子が違う私のことを気にかけてしばらく居てくれたのかもしれない。そういう自然な気遣いを出来る人だから。 「晴琉ちゃん」 「はい?」 「大事な“妹”のこと、よろしくね」 「はい!」  颯爽と帰っていく先輩を見送った後の練習は集中することが出来た。無性に寧音に話したいと思った気持ちを抑えながら。  部活が終わって急いで家に帰ってさっそく寧音に電話をした。スピーカーにしてバタバタと着替えたり荷物を片付けながら通話をしていたら、雑音がひどかったらしく寧音に笑われてしまった。 『珍しいね、どうしたの?』 「声聞きたくなって」 『……やっぱり今日何かあった?』 「礼ちゃんに、宣戦布告された」 『何を?』  どうせ礼ちゃんが寧音にアプローチするなら、今私が教えたって変わらないと思った。隠そうとしたところで、寧音に隠しきれるとも思えなかった。 「寧音のこと奪うって」 『え?私?……変わってる子なんだね』 「それ寧音が言う?」 『ふふ……それで?何て返したの?』 「チャイム鳴っちゃって、言えなかったんだけどさ……先に寧音に伝えておこうかと思って」 『何を?』 「絶対に渡さないから」 『……じゃないと困る』 「志希先輩にも頼まれたし」 『なんで志希ちゃんが出てくるの……頼まれる筋合いないのだけれど』 「相変わらず先輩に厳しいねぇ。“お姉ちゃん”なんでしょ?」 『はぁ……小さいころ呼んでただけなのに』 「順調に仲直り出来てるように見えるけど」 『別にケンカしてないもん』  志希先輩のことになると寧音はどこか幼いところを見せる。先輩もまた、寧音のことになると先輩ではなくて“お姉ちゃん”の顔を見せる。二人の昔からの関係性が見えて微笑ましく思えた。私と礼ちゃんとは大違いだ。  遅くならないうちに寧音との通話を切って、改めて自分に喝を入れた。苦手な礼ちゃんと明日から争いが始まることだろう。寧音を巡って。 「絶対に渡さない」  釣り合わないと言われたって、私はどうしようもなく寧音のことが好きなのだ。
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