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ぐいぐい
翌日。朝練で体を動かし頭もすっきりしていた。爽やかな心地でいつものように教室に入り、大きな声で「おはよう!」と言うと、いつものように皆が次々と挨拶を返してくれる。いつもと違うのは、既に寧音の隣に礼ちゃんがいたこと。自覚できるくらい眉間にシワが寄ってしまう。分かりやすい私の態度に礼ちゃんは勝ち誇ったような顔をしてきた。これが毎日続くと考えたら憂鬱だった。一度私に宣言した礼ちゃんが簡単に諦めるわけないだろうから。
「はぁ……」
礼ちゃんがいるところに挨拶をしに行く気力も無くて、大人しく自分の席に着いた。その後の移動教室の時も寧音の隣にはぴったりとマークするかのように礼ちゃんがいて、寧音と話す機会がなくなっていた。
「礼ちゃんとお昼食べてもいい?」
「え?」
お昼休みにようやく寧音と話せるかと思ったら、まさかの発言。すぐにでも「ダメ」って言いたいけど、頭に浮かんだのは昨日朱里から言われた「寧音先輩は何も言わなかった」という言葉だった。寧音は私を縛るようなことをしないのに、私が寧音を縛るようなことを言ってもいいのだろうか。というかいつの間にか「礼ちゃん」て呼んでるし。
「晴琉ちゃん?」
「え、あ、うん……良いよ」
「本当に?」
見つめられて念を押されると心が揺らいでしまう。でも「釣り合ってない」という言葉を思い出して、素直に「行かないで」と言えなくなってしまった私は、寧音みたいな物分かりの良い大人のように振舞った。
「うん」
「……晴琉ちゃんのばーか」
「えぇ⁉」
初めて聞いた寧音の突然の暴言に驚いているうちに、寧音はさっさと私から離れて礼ちゃんのほうへ行ってしまった。
「なんで落ち込んでるの。てか寧音は?」
いつも通りラウンジに集まって円歌と葵と食事をとるけど、寧音はいない。私のせいで。葵の当然の疑問に私は先ほどあったことを二人に説明した。
「それは晴琉が悪い」
「うぅ……」
珍しく円歌に否定されてさらに落ち込む。
「晴琉ならかっこよく連れ出すかと思った。リードしたいんじゃなかったの?」
「だって、なんか寧音楽しそうだったし」
葵の言葉が胸に刺さる。朝に礼ちゃんと寧音が話しているのを見るまでは私もそう思っていた。寧音の肩を掴んで引き寄せて、かっこよく「私のだから」と礼ちゃんに宣言してやろうって、思ってた。でも実際に目にした二人は仲良くおしゃべりをしていて、その姿がすごく自然でお似合いに見えて、すっかり意気消沈してしまったのだった。
嫌な気分のせいで美味しく感じないお弁当をかき込んで、空のお弁当箱の前に突っ伏した。そんな私の頭を撫でて、円歌は慰めてくれる。
「ねぇ晴琉。晴琉が思ってる以上に寧音は晴琉のこと好きだよ」
「何でそんな風に言い切れんの?」
「だって寧音、私といる時晴琉の話ばっかりだよ?」
「そうなの?」
「それに晴琉といる時の笑顔が一番楽しそう」
「そうかなぁ」
「二人って全然タイプ違うのにそう見えるってことは、よっぽど楽しいんじゃないかな」
円歌の言葉に元気が湧いてきていた。やはり持つべきは親友だ。
「いつもみたいにバカ正直に動いたら良いと思うよ」
「バカは余計なんだよなぁ」
もう一人の親友の葵の容赦ないアドバイスは、私にいつも通りの笑顔を取り戻してくれた。
お昼休みから教室に戻ったら寧音は目を合わせてくれなくて、放課後になっても目は合わないまま、一人寂しく部活へ向かった。同じクラスになってからは「部活頑張ってね」と帰り際に言ってもらえるのが活力になっていたところがあって、私は親友たちからもらった笑顔を失っていた。
「あ、先輩!」
体育館へ向かう途中、昇降口の近くで朱里に話しかけられた。私を一目見た瞬間にこれでもかと笑顔を振りまいてくるのが可愛らしい。小柄で小動物みたいに可愛らしい朱里は、見た目に反してバスケのプレーは豪快で、自分よりも年上の先輩たちや大きな体格の選手たちに物怖じしないそのスタイルを私は気に入っていた。
「一緒に部活行きましょうよ~」
ご機嫌な朱里に癒されつつ、一緒に体育館へ向かおうとしたら、朱里は私の背後を見て何かを確認していた。それに気づいた私が気になって後ろを振り返ろうとする前に、朱里は私の行動を遮るように話しかけてくる。
「そういえばデートいつにします?」
昨日デートの話をしていたことを思い出したが、約束した覚えはなかった。ちょっと考え込んでいて反応が遅れた私を怒っていると勘違いした朱里のために考えておくと言って答えを曖昧にした覚えはあるけど。そしてすぐに私は昨日の自分の行動を後悔することになる。
「デートしても良いですよね、寧音せーんぱい?」
「え?」
挑発するような問いかけは私宛ではなかった。さっき朱里が私の背後で確認したのが寧音の存在だったことに気付いて、そして今この場が修羅場に変わったことに鈍い私でも気が付いた。小悪魔のような笑顔をしている朱里を見て、物怖じしないのはバスケをしている時だけにして欲しいと思った。
「デート?……晴琉ちゃんが行きたいならいいんじゃない?」
何でもないように言ってのけて、私たちの横を通り抜けて帰ろうとする寧音の言動に胸がチクリと痛んだ。恋人同士のはずなのに、そんな他人事みたいに。礼ちゃんとお昼に言っても良いと私が言った時、寧音も同じ気持ちだったのだろうか。
「晴琉ちゃん?」
とっさに離れていく寧音の手を掴んでいた。午後の授業中に寧音のことばかり考えていて、少しだけ、実はそうなのかなって考えていたことがあった。寧音は私を縛らないんじゃなくて、縛れないんじゃないかって。私を自由にさせたいと想ってくれているから、実は我慢しているところがあるのではないかと。私は親友のアドバイスを思い出して、正直に行動してみた。
「ごめん朱里、やっぱりデート出来ない」
「えぇ~……行きたくないんですか?」
「寧音を大事にしたいから、出来ない」
「……そうですか。分かりました。先部活行ってまーす」
おどけるように返していた朱里も真剣に伝えたら、一瞬悲しそうな顔をした後にまたおどけるようにして去ってしまった。
「晴琉ちゃん、もう帰っていい?」
「あ、ごめん」
掴んでいた手を離そうとして離せなかった。寧音の方が掴んだままだったからだった。
「寧音?」
「……また思わせぶりなこと言ったんでしょう?」
「え?あー……そんなつもりないんだけどなぁ」
「それは良くないと思うけど……でも、さっきの言葉、嬉しかった」
「うん」
「……部活頑張ってね」
「うん!」
私は満面の笑みで寧音に手を振り部活へ向かおうとして、少し離れたところからこっそり様子を見ていた円歌と葵に気付いた。二人とも顔がニヤニヤしていて、恥ずかしくなって、とりあえず葵には走って激突しておいた。
すっかり元気を取り戻した私は、次こそは礼ちゃんに立ち向かおうと意気込んでいた。しかし翌日以降の礼ちゃんは寧音に執着することなく、適度な距離を置いていた。そうなると私も何もする必要がなくなってしまい、ただいつも通りの寧音との日常が戻っていた。急に大人しくなった礼ちゃんの態度は、まるで嵐の前の静けさを感じさせるようで、私にとって気味が悪かった。
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