ぐだぐだ

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ぐだぐだ

 こんなにも憂鬱な気持ちで登校したのは人生で初めてかもしれなかった。遅刻をした時だって、テスト勉強が全然出来ていなかった日だって、いつだって平気だったのに。  朝練は集中できる気がしなくて、体調不良だと言ってお休みした。葵に部内に伝えて欲しいとメッセージを送ると普段休まないからか、めちゃくちゃ心配された。恋人である寧音が恋のライバルとなった礼ちゃんと知らない間にデートをしていた写真を見たからなんて言えなかった。 「おはよう……」  教室に入ったらいつも通りにしようと思っていても、分かりやすい私はショックを隠すことが出来なかった。クラスメイトが異変に気付いて、次々に体調を気にかけてくれた。クラスメイトたちの優しさが身に染みながらも、礼ちゃんが不気味なくらい笑顔でこちらを見ていて、私の心の中は嫌な気持ちで満たされていった。 「おはよう晴琉ちゃん。どうしたの?大丈夫?」  いつもなら私が真っ先に寧音の元へ向かうから、寧音から話しかけられるのは珍しい。いつもの私ならそれだけで喜んでいたかもしれない。でも今はそれどころじゃなかった。心配そうにいつもより優しく話しかけられても、ちっとも嬉しくなかった。むしろ優しくされることで、後ろめたい何かがあるのではと、嫌な勘繰りをしてしまって自己嫌悪に陥った。 「……何でもない」  私とのデートを断った理由である用事とは何だったのか、どうして礼ちゃんと一緒にいたのか、何でそのことを何も話してくれないのか。聞きたいことはたくさん頭の中に浮かんでいたけど、言葉には何も出来なかった。スマホの画面を突き付けて質問をぶつけてしまったら、冷静でいられる気がしなかった。 「そう……」  寧音の顔を見ることが出来なかった。寧音の語気が少し弱くて、たぶん私は 自分で思っていたよりも冷たく言葉を放っていたのかもしれない。反省したころにはもう寧音は席に戻ってしまって、ただ虚しさだけが心に残った。 「寧音が好きな画家知ってる?」 「はぁ?」  体育の授業はバスケだった。私にとって一番楽しい授業になるはずだったのに、ミニゲームで目の前に立ちはだかる礼ちゃんによって楽しくない時間になっていた。 「急に何言ってん……の!」  返事をしながら礼ちゃんを避けて放ったシュートは綺麗にゴールへ。観戦していたクラスメイトから歓声が上がる。 「どうせ知らないだろうと思って」  いつもなら気持ちの良い歓声の中、何か意味深で気味の悪い礼ちゃんの言葉がやけに耳に鮮明に届いて気分が悪かった。礼ちゃんに指摘された通り、私は寧音が好きな画家の名前を知らない。 「だから何」 「だから一緒に出掛けないんじゃないの」  試合中だと言うのに思わず立ち止まってしまった。礼ちゃんは颯爽と私の横を切り抜け、見事なレイアップシュートを決めた。そういえば礼ちゃんは勉強も出来るし、習っていた剣道だけでなく、球技全般だって器用にこなしていたことを思い出した。またクラスメイト達が歓声をあげていた。  その後は全く調子が上がらなくなってしまった。いつもだったら軽くイジられそうな失敗をしても、朝から私の様子がおかしかったからか、クラスメイト達は体調を気にかけてくれた。今朝のそっけない私の態度のせいか、その中に寧音の姿はなかった。 「何で寧音いないの?」  葵の当然の疑問に私は何も返せなかった。いつもなら寧音と一緒に円歌たちとご飯を食べるラウンジに行っていた。どちらからともなく自然にそれは行われていた。何も返せないまま黙々とお弁当を食べ進めるけど味を感じなかった。寧音の顔が見られなくてそのまま置いて来たなんて二人には言えなかった。もしかしたら後から寧音が現れて、何でもないように仲良く食事が始まらないかな、なんて都合の良いことを考えてしまっていた。 「晴琉。ないと思うけど……寧音のこと悲しませるようなことしてないよね?」  不貞腐れた子どもみたいに何も答えない私に、優しい円歌ですら咎めるような言い方をする。円歌は去年同じクラスで仲良くなった寧音と過ごす時間が私より長かったし、すごく心配してくれているのだろう。それでも今の私には、親友の忠告を聞けるほどの余裕がなかった。 「悲しんでるのはこっちだよ……」 「「え?」」  二人ともキョトンとした顔をしていた。どうせガサツで鈍感な私が寧音を知らない間に悲しませることがあっても、繊細な寧音が私を悲しませることなんてないと思っているのだろう。余裕のない私は二人の態度を悪く受け取ってしまう。 「ごめん、先戻る」 「晴琉!」  呼び止める円歌の声を無視してさっさとお弁当箱を片付けて立ち去った。もしかしたら寧音と礼ちゃんが仲良くご飯を食べているかもしれないと思うと真っすぐに教室まで戻れなくて、とある場所へ向かった。  目的の場所にたどり着く間に、寧音に好きだと伝えた後に聞いた話を思い出していた。「恋は醜いと思ってた」って。中学の頃に志希先輩を取り合う人たちを見て、ずっとそう思っていて、円歌と葵を見て恋をしたいと思ったこと、その相手が私だったと言うことを話してくれた。  寧音が憧れる恋の相手になりたいと思っていた。それなのに、いつの間にか私は醜態を親友たちにまで晒している。寧音は今の私とまだ恋をしたいと思ってくれているのだろうか。 「わ!どしたの晴琉ちゃん」  悶々と考えながら無意識のうちにたどり着いた目的の場所には先客がいた。かつて文化祭で怪我をした因縁の場所。文化祭の事件があってから誰も寄り付かなくなっていた、立ち入り禁止の屋上へ続く階段の踊り場に、隠れるように座り込む志希先輩がいた。 「なんで先輩こんなところに」 「それはこっちのセリフだよ~。一人になりたい時に来るの。今日は譲ってあげようか?」  こんなところに来るなんて訳アリだと先輩なら気付いているはず。それでも何も聞かず立ち去ろうとする先輩は優しい。 「……話聞いてもらえませんか?」 「うん?いいよ。隣おいで」  優しい先輩は話を聞いて欲しいと言えば、立ち去らずに迎えてくれる。私は先輩の優しさに甘えることにした。
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