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ごちゃごちゃ
私は昨日朱里から送られた寧音と礼ちゃんが並んで歩いている画像を先輩に見せた。
「これ……」
「んー……寧音とー……誰?」
「礼ちゃんっていう転校生なんですけど……」
「へー……あぁ、晴琉ちゃんのお悩みの正体はこの子?」
「そうです……よくわかりましたね」
私は礼ちゃんとの関係性や礼ちゃんが寧音を狙っていることを説明した。
「ふーん……これ誰が撮ったの?」
「え?……そういえば確かに……送って来たのは朱里なんですけど」
「朱里ちゃんねぇ」
志希先輩は何か胡散臭い物を見るかのように画像を眺めていた。
「それで?晴琉ちゃんはこれが浮気だと思って落ち込んでるってこと?」
「どこで何してたかも知らないので……一緒に出掛けたら浮気だとは思ってないです。ただ寧音が何も言わずに会っていたのが……なんか嫌で」
「これ寧音には見せてないの?」
「怖くて……」
「じゃあ浮気疑ってるってことじゃないの?」
「そんなこと……」
「寧音は浮気なんてしないよ」
「……なんで言い切れるんですか?」
「寧音のことはとぉーっても小さいころから知ってるからね。悔しいでしょ」
勝ち誇ったような顔をする志希先輩に対して、言われた通り悔しい気持ちになった。寧音の好きな画家を知っている、ということだけでマウントを取ってきた礼ちゃんに、勝ち誇った顔をされたことを思い出してしまったからでもある。分かりやすく機嫌を損なった私の頬を先輩が突いてきて余計不機嫌になってしまう。
「不貞腐れてるー」
「からかわないでくださいよ」
「晴琉ちゃんはこんなの気にしないと思ったのになぁ」
「……こんなのって思います?」
「うん。超どうでもいい」
「その余裕が羨ましいです」
「私だったらさっさと話聞いて、何でもないならそれでいいし、何かあったなら……分からせるかな」
へらへらと話していた志希先輩が最後に真顔で言った「分からせる」の意味はいまいち分からなかったけど、先輩に逆らわない方が良いのだろうな、というのを直感的に感じた。
「でも晴琉ちゃんなら、そうだなぁ」
「私なら?」
「ごちゃごちゃ考えずに突撃したら?」
「何ですかそれ……なんか葵と同じようなこと言いますね」
「葵ちゃんと?」
「前に悩んでたらバカ正直に動けって言われました」
「おぉー、同意見。さぁ、そろそろ休み時間も終わるし、さっさと突撃してらっしゃい」
「えぇ……マジですか?」
「じゃあ結果楽しみにしてるね~」
志希先輩は勢いよく立ち上がるとさっさと階段を降りて行ってしまった。慌てて後ろをついて行く。具体的な解決策は得られなかったけど、話しただけで心は軽くなっていた。
「うげぇ」
教室に戻った私は小さく悲鳴を上げていた。礼ちゃんが寧音に話しかけていたからだ。志希先輩が言っていた“突撃”は今のタイミングだろう。しかし前にも一度二人の間に入り込もうとしたけど勇気が出なかった。
いや大丈夫、今度こそ行ける。寧音を礼ちゃんから奪還するのだ。足を大きく踏み込んで進もうとした瞬間に、校内に響くチャイムの音。
「あぁあああ」
立っていたクラスメイトは席に戻っていく。礼ちゃんももちろんそうだ。突撃する必要がなくなってしまった。私は小さくうめき声を上げながら、自分の席へと戻り、腕を伸ばしたまま机の上に雪崩れ込むように突っ伏した。手が前の席の子のイスに当たって痛かった。一連の動きを見ていた隣の席の子の触れてはいけないものを見たかのような不審な視線も、痛いほどに刺さっていた。
ごちゃごちゃと考えるなと志希先輩に言われたのに、授業中の私の頭の中は寧音や礼ちゃんのこと、昼休みに冷たく当たってしまった円歌や葵のことで余計にぐちゃぐちゃになってしまっていた。
放課後になって、教室から人が減っていく気配を感じつつも机に突っ伏したままでいると、頭の上から優しい声が降って来た。
「大丈夫?」
「……大丈夫じゃない」
声の主は円歌だ。私は顔も上げず返事をする。
「ごめんね晴琉。なんかね、寧音が寂しそうにしてたから、何かあったのかなって」
「……こっちこそごめん。円歌に八つ当たりしてた。最近寧音と二人で過ごせてなくて……ちょっと不安になってて……本当にごめん」
「晴琉も寂しいんだね」
弱気になっていたくせに、親友に頭を撫でられて慰められるとすぐにつよがってしまう。
「そんなことない」
「えー?……寧音ね、いっつも私のこと甘やかしてくれるの。たまに意地悪だけどね。晴琉が甘えたらきっともっと甘やかしてくれると思うし、喜ぶんじゃないかな」
「でも、私は寧音を引っ張って行きたいから……そんなかっこ悪い姿見せられない」
「それ寧音が望んでるの?」
「分かんない……でもたぶん、違うと思う」
「なら、もうちょっと寧音に甘えてみたら?」
ようやく顔を上げて円歌を見ると穏やかな、優しい顔をしていた。中学の頃に大事な試合でやらかして、周りには気丈に振舞って影でこっそりへこんでいた私に気付いて慰めてくれた時のことを思い出した。あの頃とは意味が変わったけど、それでも円歌は私にとって大事な人だ。
「うん」
そんな大事な人の言葉を無視することなんて出来なかった。円歌も大事に想ってくれていることを今までずっと感じているからだ。
円歌と教室で別れてダッシュで部活に向かったけど、全然間に合っていなかった。皆に思いっきり頭を下げて謝る。キャプテンになってから良いところを全然見せられていない。とにかく積極的に声を出して、がむしゃらに練習に取り組んだ。片付けも率先して取り掛かった。
「葵、帰ろ」
「……円歌と仲直りした?」
「え、あ!うん!ごめん、葵にも謝ってなかった」
「別に私はいいけど……円歌悲しませたら、怒るからね」
「あ、はい。気を付けます」
葵の声は優しかったけど、目が全く笑っていなかった。葵が怒っているところをほとんど見ないから忘れていたけど、そういえばドでかい地雷を持っていたことを思い知らされる。
「葵はさぁ……嫉妬することある?」
「いつもしてるよ」
「え、マジか」
「いつだって円歌には私だけ見ていて欲しいって思ってるから」
「重っ……よく普通にしてられるね」
「たくさん愛情貰ってるし」
「うわぁ……のろけだった……」
不意に親友の惚気話に襲われた。二人が普段から醸し出している甘すぎる雰囲気を思い出して、胃がもたれる思いだった。
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