ばたばた

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ばたばた

 文化祭が近づき準備を通してクラスが結束していく期間。私と寧音の関係はぎこちなかった。普通に会話はする。お昼もまた一緒にご飯を食べるようになっていた。それでも何か、ほんの少しだけ何かが噛み合わないような違和感が私たちの間にあった。寧音はその正体を分かっていて私に答えを出させるようにあえて黙っているみたいだった。礼ちゃんとも特別仲良くしているような気配はなくて、突撃するチャンスも失っていた。  私たちのクラスはわたあめとチュロスの出店を出すことになって、調理の過程が少なく、去年の演劇に比べたら準備することが少なくて気が楽だった。看板やチラシなどの装飾に力を入れることになったから手先が器用で絵が上手な寧音は駆り出されることが多くて忙しくしていた。手伝ってあげたいけど不器用な私は邪魔にしかならそうだったから、荷物の運搬とか机の移動とか地味な体力仕事ばかりしていて、寧音と関わる時間は減っていった。  寧音との関係の違和感に答えを出せないまま迎えた文化祭当日。出店は中庭に出すから教室は準備用のスペースになっている。思ったより出店は盛況で、中庭と在庫の置いてある教室の移動で案外体力勝負になっていた。  一段落した午後のこと、荷物に置きに教室に向かうと中から黄色い歓声が聞こえた。嫌な予感がしつつも教室に入ると案の定の光景が広がっていた。 「「かっこいい~!!」」  歓声の中心にいたのは剣道着を着ている礼ちゃんだった。まぁまぁリアルなおもちゃの刀も持っていて迫力がすごい。まるで武士のようだった。私は昔礼ちゃんの通う剣道場に親に連れて行かされたことがあって、そこで散々礼ちゃんにしごかれたことを思い出して背筋が凍っていた。なるべく気付かれないようにこっそりと荷物を置いて、振り返ると首におもちゃの刀が向けられていた。おもちゃでも圧がすごい。 「おわぁ!何してんの!」 「コソコソしてるから泥棒かと思って」 「んなわけあるか!どうせただ叩きたくなっただけでしょ!」 「叩きたくなる顔してるのが悪い」  「何でだよ!てかそうなのかよ!」  言い合いを始めた私たちを周りの子たちがヒヤヒヤとしながら見守る中、私に前に立って、向けられたおもちゃの刀を掴んで下ろしたのは、寧音だった。 「何してるの。やめて」 「ごめんなさい」  寧音の言葉には素直に従う礼ちゃんはすぐにおもちゃの刀を引き下げた。悪いことしたって顔してないけど。というか寧音にかっこよく助けられてしまった私はかっこ悪い。礼ちゃんは何事もなかったかのように他の子たちと出掛けてしまっていた。 「てか何なの、あの格好は」 「コンテストがあるんだよ~」  興奮気味のクラスメイトが答えてくれた。そういえばコスプレのコンテストがあるとか聞いた気がする。また王子の姿をして欲しいと言われたけど、寧音とのことで悩んでたから乗り気になれなくて、適当に受け流したような。 「へー」  聞いておいて興味がなくなった。なんだかんだ優勝しそうだし。去年王子の格好をしてちやほやされたのが、今年は礼ちゃんに対象が変わるのかもしれないと思うと、目立ちたがり屋の私としては不服だった。 「寧音が町娘の格好で出るんだよね?」 「「え?」」  クラスメイトが羨ましいと言わんばかりの目で寧音に向けた言葉に、私と寧音は同時に驚いていた。初めて聞いたように目を丸くしている寧音。礼ちゃんにやられた、と思った。 「え?違うの?コンテストって、ペアで出るやつなんだけど……」  寧音の予想外の反応におろおろとしているクラスメイトを見て、寧音も困っているようだった。 「寧音?あ、いた!そろそろ着替えないと間に合わないよ!」  教室のドアが開いて、複数のクラスメイト達が寧音を取り囲み、手を引いて連れて行こうとする。 「え、でも……」  普段は落ち着いている寧音が戸惑っているのを見て、クラスメイト達は不思議そうにしていた。さっきのクラスメイト達の盛り上がりを見る限り、ここで寧音が断ったら空気が悪くなる。せっかくの文化祭なのに。優しい寧音は出場したら私が嫌な思いをするって分かっているから、悪者になってでも断るだろう。 「私行けな――」 「行っておいでよ」  寧音の言葉を遮るように、手で軽く背中を押し出すようにしながら、私は言った。寧音は少しだけこちらを見た。その一瞬で今まで見たことないくらい悲しい顔をしているのが分かって、心臓が痛いくらいに跳ねた。悲しんでいるのは寧音なのに。傷ついたような反応をする自分の体が嫌だった。  クラスメイト達に腕を引かれ、寧音は準備のために教室を出て行った。残された私は心臓がズキズキと痛んで仕方がなかった。 「はぁ……見つけた。こんなところで何してんですか先輩」  虚無感に包まれた私は静かな美術部の展示の端っこで、窓から中庭の景色を眺めて佇んでいた。芸術に縁のない私がここにいるとは誰も思わないだろうと思ったのに、気付けば横には朱里がいた。何故か少し息を切らしていて様子がおかしい。 「絶望してる」 「何ですかそれ……もしかして寧音先輩のこと、諦めちゃったんですか?」  今までの朱里だったら今の寧音との状況を嬉しそうに言ってくるかと思ったら、切羽詰まったように言ってくるからこちらが戸惑ってしまった。 「何急に」 「あの写真のせいですか?」 「……そうかもね」 「あの、あれ、その……別に浮気とかじゃないんです」 「どういうこと?」 「前に廊下歩いてたらあの、晴琉先輩と同じクラスの礼先輩に話しかけられて……」 「礼ちゃんに?」 「あの、それで、良いものが撮れるから来てって、言われたところに行ったら、二人がいて、それで……それだけなんです。しばらく様子見てましたけど、たぶん、礼先輩は寧音先輩がそこに来るのわかってて、なんか話しかけてましたけど、相手にされている感じじゃなくて、仕方がなさそうに駅まで送ってもらってて……」  写真の件も、礼ちゃんにしてやられていたのか。後輩を使うなんて。私が険しい顔をして聞いていたから、朱里は更に申し訳なさそうに話を続けた。涙目になって、段々と言葉が途切れ途切れになっている。 「ごめんなさい、先輩。言い訳になっちゃいますけど、礼先輩、すごく話が上手で、その、唆されたと言うか……」 「何で急に教えてくれる気になったの」 「だって、なんか、部活でもどんどん晴琉先輩調子狂っちゃって、私のせいかと思ったら苦しくなってきちゃって……私、このまま先輩が寧音先輩と別れても、今の先輩と上手く行っても、全然嬉しくないなって思って、そしたら、志希先輩が、なんか全部分かってて」  志希先輩の名前が出てきて驚いた。確かに最初から疑っていた。浮気じゃなくて写真のこと自体を。先輩が朱里を諭してくれたようだ。 「まだ間に合うから、ちゃんと説明してきなさいって言われて」 「そっか、ありがとう話してくれて」 「いえ、本当にごめんなさい」 「ううん、私が最初から気にしなければ良かったんだ。てかもっと前から、私は礼ちゃんに立ち向かわいといけなかったのに……ごめん」 「先輩が謝ることじゃないです……そうだ先輩、コンテストのこと、知ってますか?」 「さっき聞いた」 「もうすぐ始まっちゃいますよ先輩。どうするんですか」  朱里がすがるように私の着ていたブレザーの裾を握りしめていた。 「……奪い返さないとね」 「そうですよ。早くいつものかっこいい先輩の姿、見せてくださいよ」  慰めるように朱里の肩に手を置いて優しく言葉を返した。生意気な口調で煽ってくる朱里は普段通りの朱里だった。 「うん、行ってくる。どこでやってんだっけ」 「体育館ですよ!急いで!」  私は校舎の中を駆け抜けた。何回か先生に注意されたけど止まれなかった。これ以上、先輩も後輩も親友も、何より恋人をがっかりさせるわけにはいかなかった。これがきっと最後のチャンスになると、鈍い私でも分かっていた。
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