白の孤独

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 篠宮は音の止まらないピアノに向かった。 「…聞いてくれる人もいないのでは甲斐(かい)がないでしょう」  ちょっと気の弱そうな若いピアニストはいつも嬉しそうに鍵盤を叩いている。 「じゃ…最後にチーフからリクエストはありませんか」  黒鍵を二、三回叩いて笑顔を作る。  篠宮は躊躇した。こんな時に頼むような、良い思い出を持った曲を思い浮かべることができなかったのだ。  ピアニストは勘がいいようだ。すぐに視線を切り替え鍵盤に指を走らせ始める。 「じゃ、社長の好きな曲にしますね。何度かリクエストされたんです」  滑らかに指が動くのを眺めながら、篠宮はしばらく溢れる音の中に(たたず)んでいた。  カチリ。  小さな音を立ててビルのドアの鍵が閉まったのを確かめて篠宮は車に向かった。セキュリティの緑のランプが闇の中で明るい。分かってはいたものの普通タイヤでの運転は難しそうだった。
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